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創業家に囚われ、現場を忘れたトヨタ会長、ビジョン無きグループ経営の結末は・・・

「見てなかったというよりは見られなかった、というのが正直な見方だと思う」

「ゆとりがなかった。トヨタを立ち上がらせるので精いっぱいだった」

「リーマンショックに始まり、リコール問題、東日本大震災、タイの洪水などが連続して精いっぱいだった」

 この言葉にトヨタ自動車の実相がすべて表されています。発言者はトヨタ自動車の豊田章男会長。2024年1月30日、名古屋市のトヨタ産業技術記念館で将来に向けたトヨタグループのビジョンを説明しました。トヨタグループ17社のトップが集まり、ビジョンを討議したそうです。その後、記者会見で日野自動車、ダイハツ、豊田自動織機など相次ぐ不正の発覚について謝罪しました。

「ゆとりがない」に耳を疑う

 冒頭の発言は、討議の後に臨んだ記者会見で豊田会長がダイハツの不正を見抜けなかったことについて説明した部分です。とても違和感を覚えます。2009年に社長就任して以来、2023年4月まで社長を務め、佐藤恒治氏にバトンタッチした後は会長に就いています。出身は創業家の豊田直系。異例ともいえる14年間。トヨタグループ全体の実権を握り、人事、開発などで権勢を振るってきた人物です。実行力、それを浸透させる「ゆとり」はたっぷりありました。サラリーマン経営者ならまだしも、「ゆとりがなかった」と語る発言にトヨタ関係者なら耳を疑ったでしょう。

 豊田章男氏の胸の内を察するとわかる気はします。社長就任直後、リーマンショックで創業以来初の赤字に転落。世界規模のリコール問題が発生して大きな危機に直面しました。「このとき、トヨタは一度つぶれた会社だ」と表現し、トヨタの責任者として現在、過去、未来のすべての責任を負う覚悟を決めたのだそうです。

奥田碩の否定から始まり、創業家を飛躍のエネに

 トヨタを窮地に追い込んだのは誰か。奥田碩氏ら非創業家の社長らが築き上げた「トヨタ」がその根源になると理解し、前任者らが進めた「原点を忘れ規模や収益を優先した経営戦略」を軌道修正したつもりですから。豊田章男氏のトヨタは、奥田碩のの否定から始まり、創業家・豊田への原点回帰を意味しており、そこから生まれる新しいエネルギーで新たなトヨタを創り上げることに邁進しました。

 だから、ゆとりはなかったと言いたいのかもしれません。しかし、14年間も実権を握り続け、これからも手放すことはないでしょう。仮に日野自動車、ダイハツの不正の連鎖は、奥田碩時代に起因するとしても、社長人事を含めて章男流の人事を緻密に実行しています。不正の連鎖も社長時代から始まっている例がほとんどではないでしょうか。不正の全てを過去の経営者らに責任を押し付けるわけにはいきませんし、できるわけもありません。その理由は明快。グループ頂点に立つトヨタ社長だからです。

「主権を現場に戻す」に違和感

 「トヨタの責任は自分が背負う」。この言葉にも首を傾げます。改めてを経営改革の覚悟を示したのだと察しますが、過去14年間の経営を他人事のように眺めているような表現です。1年前に佐藤社長と交代したとはいえ、佐藤社長が豊田章男氏に代わってトヨタのリーダーとして振る舞うとは誰も思っていませんし、できるわけもありません。現在のトヨタ自動車は章男氏が築き上げた創業家・豊田をエンジンとして走り続けているのですから。

 もう一つ、驚いたのは「主権を現場に戻す」。日野、ダイハツ、豊田自動織機の不正を招いた共通のキーワードは「現場に任せていた」。上司と部下に広がる問題解決への意識の溝は深く、信頼関係は失われています。トヨタの企業風土を考えれば、「現場に任せる」ってあり得ない事態です。もし、この言葉通りに現場に任せ、現場が自由気ままに研究開発、生産に取り組んでいたら、すでに電気自動車でも「テスラ」を超えていたでしょう。

 不正の根源を理解していれば、「現場が自ら考え、動くことができる企業風土の構築に一歩進み始めたい」「主権を現場に戻す」といった発言は出てきません。豊田会長は今なお、トヨタグループに根深く浸透している問題の実相を理解しておらず、勘違いしているのではと思ってしまいます。

コンプラの形骸化をどう改革するのか

 トヨタの進むべき方向として掲げられたスローガンは「次の道を発明しよう」。「誰かを思い、力を尽くそう」「仲間を信じ、支えあおう」「技を磨き、より良くしよう」「誠実を貫き、正しくつくろう」「対話を重ね、みんなでうごこう」も設定しました。思いはわかりますが、現在のトヨタには荷が重く、タイヤが空回りしそうです。

 豊田章男会長はビジョンを説明する上で、まず1895年の豊田商店設立からのトヨタグループの系譜図を示し、豊田佐吉が母親に楽をしてもらいたいとの思いで豊田式木製人力織機を作り、自動車生産に至るまでの歴史を語ったそうです。自身の社長時代は「もっといいクルマをつくろうよという単純なビジョンに基づき、現場が自ら考え、動くことのできる企業風土をつくった」と語り、「主権を現場に戻すことで誰もが自ら考え動くことができる企業風土の構築」を進めることができたと言います。

 しかし、トヨタグループの現場は違っています。社内規則はコンプライアンス上、設定されるものの、経営・上司から降りてくる指令は社内規則を飛び越える。それが繰り返し行われ、社内にコンプラ意識の形骸化が進む。その頂点に立っていたのが豊田会長です。

 改革のゴールについて問われ、「ゴールはない」と答えています。「カイゼン後はカイゼン前」というのはトヨタの企業理念なのだそうです。トップ自らの姿勢を示すため、トヨタグループ17社すべての株主総会に出席する考えを明らかにしました。危機意識に包まれるトヨタの現場の空気感と豊田会長の改革意欲のズレを覚えます。「社長を辞めて普通の自動車好きのおじさんになった」と話したそうですが、とても笑えない。現場の従業員、部品・販売の取引先は、明日の生活に不安を覚えているのが現状です。創業家経営者だけが言えるジョークです。

 豊田会長はこんな提案もしました。グループ各社に会社の使命を伝える「マスタードライバー」という役職を新設することです。ご本人はすでにトヨタに同じ肩書を持って新車など車の味付けに意見を述べる立場にあります。同様にグループ各社にも新設を求めたわけです。会長、社長など通常の経営陣にマスタードライバーが加われば、企業の権力構造がより多層化し、意思決定が不明になります。「主権を現場に戻す」と言いながら、自分自身の趣味を企業経営に持ち込む。今回の不正の連鎖の主因が何か、誰なのかがわかっていないようです。周囲に諭す人もいないのでしょう。

 トヨタグループの近未来は、焦点がぼやけたビジョンのまま進むのでしょうか。その結末は想像したくありません。

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