
トランプ関税と下請けいじめ 主役はトヨタ、令和の「儲け方」と「系列の守り方」を
トランプ関税は、まるでギリシアの悲喜劇をみているようです。米国は貿易赤字の悪役、憎き日本や欧州などに相互関税を突きつけ、「グウの音も出ないだろう」と胸を張ります。世界経済は突然、目の前に現れたトランプ関税に戸惑いを隠せませんでしたが、米国と世界各国の手打ちが進んだ結果、世界各国は理不尽な負担を強いられるものの、最も被害を受けるのがなんとトランプ大統領を選んだ米国。あまりにもつまらない悲喜劇に笑うに笑えず、涙も出ません。
第2幕は中小企業がずらり
この悲喜劇はまだ第1幕を終えたにすぎません。突きつけられたトランプ関税にどう対応して経済成長を維持するのか。第2幕は今、開けたばかりです。日本経済にとっての第2幕の主役はトヨタ自動車。テーマは「下請けいじめ」。どんなシナリオが待っているのか。
第1幕の結末はまずまず。日本は当初25%と通告されましたが、日米の政府間交渉で15%で決着。突然、理不尽な負担を強いられる日本企業にとっては不愉快そのものですが、関税15%の負担増は直近の円安効果で10%以上も相殺できそうです。日本経済の打撃は軽微とはいえませんが、なんとか乗り切る気力は湧きそうな雰囲気です。
しかし、第2幕では無数の中小企業が舞台に上ります。みなさん、不安を隠せません。なにしろ、トランプ関税に発生する15%分の負担がしわ寄せされるのは確実だからです。単純な構図でトランプ関税15%分の負担を俯瞰すると、対米輸出を主導する自動車、電機、機械などの大企業は、部品などを発注する下請け企業にトランプ関税の15%分を一緒に分散して負担するよう求めます。発注する大企業の多くが兆円単位で利益を計上しているからといって、「15%分すべてを飲み込む。下請けに迷惑をかけない」なんて考えるわけがありません。
昭和ならトヨタの指示一発で終わり
昭和の時代なら、話は簡単でした。対米輸出は自動車や電機など輸出産業にとって最大の収益の柱。米国市場での価格競争力を維持するためにも、トランプ関税15%分を販売価格に転嫁するなんてもってのほか。自動車の場合なら、自動車メーカー、部品メーカー、販売会社など取引関係がある企業同士で負担し、この難局を乗り切ろうと協議します。
もっとも、それは建前。舞台裏では自動車メーカーは発注先の部品メーカーなどに関税分のコスト増を負担するよう指令するだけ。15%全てとは言わないまでも、10%ぐらいは転嫁したかもしれません。「仕事がゼロになるよりは、良いだろう?」。この一言に反論できる部品メーカーは存在しませんでした。
まあ、系列大手は十分に余力があります。トヨタ自動車の系列部品メーカーを代表するデンソーーはもちろん、いわゆる1次下請けレベルの企業はなんとか飲み込むはず。しかし、1次下請けで価格転嫁が終わるわけがありません。2次下請け、3次下請けと連鎖。トランプ関税のババ抜きを始めたら、中小企業はトヨタに勝てません。
令和はそうすんなりできません。ここ数年、政府や公正取引委員会は下請けいじめに目を光らせているからです。政府は中小企業の賃上げ余力を回復するため、大企業と中小企業の取引条件の改善を求め、公正取引委員会も「下請けいじめ」を相次いで摘発しています。経団連など経済界も含め、優先的な地位を利用して理不尽なコストや契約を強いる商慣習に対する監視の目は厳しくなっています。トランプ関税は突然、天から降ってきた不幸という理由で「下請けいじめ」がご破算になることはないでしょう。
トヨタは新しい下請け政策を示して
なぜ第2幕の主役がトヨタなのか。それはトヨタのトランプ関税への対応が右習えで全産業に波及するからです。すでにトヨタが系列企業に対しトランプ関税15%の折半を負担するように指示したという憶測が流れています。繰り返しますが、昭和なら当たり前。むしろ「15%折半の7・5%なんて建前。殿様の豊田家を守るためには10%分を負担して忠誠心を示す」というのが裏の相場だったはずです。
トヨタ自動車は5兆円を超える利益を上げる世界一の自動車メーカーです。トヨタ銀行との別称があるぐらい圧倒的な資金力もあります。1兆円、2兆円の利益が減ったからといって、トヨタの経営が揺らぐとは誰も考えません。今こそ、トヨタがトヨタらしさを示す時です。
4年前の2021年1月、トヨタの豊田章男社長は「トヨタらしさ」を見せたじゃないですか。自動車工業会会長として自動車産業に関連する550万人の雇用を守ると宣言しています。自動車産業は脱炭素に向けてエンジン車から電気自動車(EV)へ移行する寸前。コロナ禍も加わり、雇用が不安視されていました。
トランプ関税は全く異なる状況で現れましたが、自動車産業への愛情に変わりはないはずです。石破政権も武藤経産相が「日本の基幹産業で取引の適正化を推進することは、日本の経済を下支えする上でも極めて重要だ」と牽制しています。トヨタは、自らの築いた系列の強固な殻を破り、日本経済が窮地を脱する新しい下請け政策を示して欲しい。