内山田氏、ハイブリッドに続き2度目のトヨタ救済 14年ぶりの社長交代に道筋
トヨタ自動車が14年ぶりに社長交代します。4月1日付けで豊田章男社長が会長に就き、社長には佐藤恒治執行役員が昇格します。章男氏は2009年、父章一郎氏、伯父達郎氏の後、14年間途絶えていた創業家出身社長として就任しました。ただ、病気で突然退任した達郎氏からバトンを受けた奥田碩、張富士夫、渡辺捷昭の3社長時代、トヨタは世界トップの地位に上り詰めます。創業家だからといって章男氏がトヨタ社長としての力量を持ち合わせているのか。
そう疑問視する声もあったせいか、章男氏は奥田人脈の排除など創業家に求心力を取り戻すことに腐心。まだまだ長期政権が続くとの見方がありましたが、突然の社長交代。なぜか?今回、会長を退く内山田竹志氏の役割を見逃すわけにはいきません。
交代のトリガーは内山田氏
豊田章男社長はトヨタ自ら展開するネットメディア「トヨタイムズ」で「交代のトリガーは内山田会長の退任」と明らかにしています。内山田氏が76歳と高齢。昨年から退任を申し出ていたようです。豊田社長はトヨタの変革をさらに進めるには、「私が会長となり、新社長をサポートする形が一番よいと考えた」と語り、佐藤氏を選んだ理由としてトヨタの経営哲学、開発思想を理解していることを挙げています。
自らの会長としての役割は、取締役会議長のほかにマスタードライバーも務めると強調しました。驚きです。マスタードライバーは新車の善し悪しを最終チェックする役割。経営トップが務めるのは極めて異例です。車屋を自認する豊田章男氏ですから、意外感はありませんが、それがトヨタの新車開発に良い影響を与えるのか。経営陣が口出して会社がおかしくなったかつての日産自動車とダブって見えます。
章男氏の肩書は会長に変わっただけか
社長に就任する佐藤氏は技術畑出身。レクサスの開発・販売で辣腕を振るった功績を評価されたわけですが、社長就任の抱負は豊田社長がこれまで語ってきた言葉をまるでコピー&ペーストしているかのよう。会長が取締役会議長とマスタードライバーを兼務する言うなら、今後も過去14年間の権力構造とほぼ同じと考えて間違いないでしょう。
トヨタを世界企業へリードした奥田会長も社長から退いてもトヨタの最高権力者といわれました。ただ、数多くの実績を挙げている張冨士夫社長とは信頼だけでなく緊張関係もありました。豊田章男氏と佐藤氏の距離感とは違います。そう遠からず社長の軽重が問われる日がくるのかもしれません。
では、今回の社長交代は豊田章男氏の肩書が社長から会長に変わっただけなのか。そうは受け止めていません。むしろトヨタ自動車全体に対し変革への警鐘が鳴ったと理解すべきではないでしょうか。ご本人が意識したかは不明ですが、その警鐘を鳴らしたのは、内山田会長です。内山田氏はハイブリッド車の開発主査として知られ、その功績とその後の開発指揮が評価され、会長にまで上り詰めました。
エンジンと電気モーターを利用するハイブリッド車は古くからアイデアはあり、排ガス削減など地球環境に対応できるクルマとして期待されていましたが、実用化の道は至難の連続。当時の奥田社長の強い言明により、内山田主査はじめ開発陣が苦難を乗り越えて1997年に「プリウス」として世に送り出しました。
内山田氏は奥田氏にも仕え、章男氏にも
自動車は地球環境を破壊するイメージでした。ところが一転、プリウスは「地球環境にやさしいクルマ」として絶賛されます。販売すればするほど赤字が増えるとまでいわれましたが、プリウスが生み出す赤字を埋め、上回る高い評価を集め、トヨタを世界ブランドに押し上げます。内山田氏が経営者として会長に就任するのは当然でしょう。
内山田氏は技術者として優秀ですが、冷静にトヨタの立ち位置を見極められる人です。その才覚がなければ、強烈な個性を持つ奥田社長の下でハイブリッド車を開発できませんし、猛烈な勢いで奥田人脈を排除した豊田章男社長の下で会長の座に就くことはできません。
その内山田氏の眼から見て、今のトヨタで必要な変革は何か。豊田章男社長が掌握する新車開発方針です。トヨタは2022年も新車販売台数で3年連続世界トップ。しかし、世界の潮流になっている電気自動車(EV)の開発・生産ではテスラや中国勢に比べ出遅れています。
開発の全方位体制でEVが立ち遅れ
最大の理由は、豊田章男社長が進める全方位戦略。ガソリン車、ハイブリッド車、水素を使った燃料電池車などをすべてを並行して開発する考えです。豊田章男社長は「ぜんぶやる」とトヨタイムズやテレビCMで連呼しますが、EVの立ち遅れは深刻な状況にあります。EV専用の車台を開発する方針を明らかにしましたが、実現するのは2027年ごろ。遅過ぎます。
社長交代で開発を軌道修正へ
トヨタの開発戦略を軌道修正するなら、今しかありません。内山田氏の会長退任はその一手に過ぎません。しかし、ハイブリッド車開発の象徴である内山田氏が退けば、ハイブリッドに固執する豊田章男氏はじめトヨタの開発体制の力学に変化が起こり、EV加速に向けて動きやすくなるのは誰でもわかることです。一つの駒が位置を変えるだけで、周囲の駒も動き始めます。
豊田章男社長が「社長交代のトリガー」と話す通り、内山田氏が自ら退任を申し出ているなら章男氏自身のメンツを潰すことなく決意できます。ゆっくりですが、変革に向けて新たな動きが始まります。
内山田氏はハイブリッド車「プリウス」を排ガスで地球環境を汚染する批判を浴びるトヨタを救いました。今度はより地球規模で気候変動に対応するカーボンニュートラルを実現する開発の道筋へトヨタを導きます。トヨタを2度救った男として歴史に名を残すでしょう。