魚力 生き残れるか日本のサカナ産業、世界との争奪戦、コロナ禍を超えて
新鮮なお魚を肴(サカナ)に日本酒を飲むのが大好きものですから、魚屋さんを見かけると、立ち止まって店頭に並べているお魚をつい見てしまいます。父親が大洋漁業に勤め、北洋漁業基地の街・函館市で育ったせいでしょう。朝飯は透明なイカの刺身、午後のおやつはシャコ、夕食はカレイか鮭の焼き物。定番のメニューでした。今は東京に住んでいますが、鮮魚大手の「魚力」にずいぶん助けられています。うまいサカナがいます。
魚力は東証プライム唯一の鮮魚小売り
その魚力が2023年3月期決算を発表しましたので、つい決算書を見てしまいました。減収減益でした。売上高は3377億43百万円(前年同期比1・1%減)、営業利益は10億86 百万円(25・2%減)。前の期はコロナ禍の影響で自宅で食事を取る頻度が増える「巣ごもり需要」があったため、コロナ禍収束に伴い外食が増える反動で小売り部門が減収。さらに40年ぶりの円安や魚価高騰、食品などの値上がりに伴う節約などが重なり、減収減益を余儀なくされたと説明しています。
コロナ禍の影響も加わり、日本の魚離れが加速した可能性も無視できないでしょう。ビールよりもサワーを飲んで、魚より焼肉か焼き鳥を食べる。居酒屋の店内はこんな感じです。日本の伝統産業ともいえる水産業で魚離れは深刻化するのでしょうか。米飯がパンに大きく食われた同じことが、水産業でも再現されるのかどうか。魚力は鮮魚小売業で東証券プライム市場に上場する唯一の企業です。魚力を通して、日本の鮮魚需要を考えてみました。
2022年3月期は減収減益
減収減益だった魚力の決算から小売り部門を抜き出してみます。小売部門は売上高は278億87百万円(前年同期比5・9%減)、営業利益は11億54百万円(前年同期比33・6%減)で、売上高、営業利益ともに全体と見比べても減収幅が広がっています。魚力が説明する巣ごもり効果の反動、諸物価の上昇もあるのでしょうが、消費動向の底流にある魚離れをやはり無視できません。
その一例として「干物」はどうでしょうか。あじの開きに代表される「干物」は生産、消費ともに減少が続いています。総務省の家計調査によると、「塩干魚介」の世帯当たり年間支出額は2000年からほぼ20年間で35%も減少しているのです。
魚離れで消費も生産も大幅に減少
2022年の支出額は1万3024円。月額平均1000円ちょっと。自分自身の消費を振り返っても毎日、干物を食べるわけではありませんが、1世帯で月1000円ということは、スーパーで売っている干物のトレーを3皿買うぐらいのイメージです。3人か4人の家族なら、月に1回か2回しか食べないということです。
生産量はもっと劇的です。農林水産省の「水産加工統計調査」を見ると、「塩干品」の生産量は2004年で23万5000トン弱ありましたが、2021年には11万7757トンへ。15年間でほぼ半減です。地球温暖化の影響で日本を取り囲む海域の水温変化により魚種や漁獲量が大きく変わり、従来の干物を生産できなくなっていることもあります。イカで有名だった函館市が、大不漁に襲われているイカの代わって豊漁が続くブリを新たな特産品に差し替える時代です。魚を食べる消費者の側も戸惑います。
魚力は全国チェーンでありながらも店長の個性が反映されているのか、各店舗ごとにサービスが違うようです。いつもお世話になっているお店は、刺身用に切り落とした部分を太巻きなどに再利用するなど、割安に「サカナの美味しさ」「手軽さ」をアピールしています。品揃えも、近所の大手スーパーの鮮魚売り場と比べるとひと目で鮮度が違うのがわかるほど。つまり、うまそう!と感じます。
スーパーや鮮魚店の経営努力が欠かせない
褒めているわけではありません。裏返せば、スーパーや街の鮮魚店の経営努力が感じられず、サカナはマグロ以外はそんなに売れないと諦めている印象すら受ける時もあります。
魚力は上場企業ですから株主へ今期の見通しを説明しなけれいけません。今春闘の大幅賃上げなどで消費マインドが持ち直しを予想する一方、
これまで培った鮮魚専門店 ならではのノウハウや知見を活かし、今まで以上に顧客のニーズに対応した商品開発や品揃えに注力し、季節感や 活気のある売り場を提供するとともに、サービスレベルの向上を図ってまいります。また、店舗ごとの新たな繁閑 状況に対応した人員の効率的配置、作業オペレーションの統一化、資材の絞り込みなど、店舗運営経費削減のため の努力を継続してまいります。
と説明しています。当たり前のことを綴っているように思うかもしれませんが、毎日の食生活はいつも顔を出すスーパーや小売店の店頭で割安で美味しいものは何かを教えてもらい、購入がほぼ決まります。先日、魚力で「この魚はどう調理すれば良いの?」と包丁を持った店員さんに訊いたら、「そんなの知らないよ」と素っ気ない答えが返ってきました。当然、その日は魚を買う意欲を失います。
小売りの原点は店員と客の信頼
小売業の原点は店頭。店員とお客さんのコミュニケーションと信頼感が売り上げに直結します。居酒屋さんも同じです。全国チェーンで店舗縮小の動きが広がっており、その背景には魚離れなど日本食の変化があると説明する向きもありますが、果たしてそうでしょうか。おいしい魚は高級寿司店だけでしか味わえない。そんなわけはありません。魚種や漁獲量が変われば、新しい魚種による干物、調理方法でおいしい魚を提供して欲しいものです。
ちなみに魚力は今期2024年3月期は売上高353億円(前年同期比4・6%増)、営業利益12億20百万円(前年同期比12・3% 増)という予想を発表しています。これからも美味しい魚を食べさせてください。期待しています。