
「日米製鉄」は中国を打ち崩せるか 鉄支配の主導権争いが始まる
日本製鉄によるUSスチール買収を承認。僭越ながら、予想通りの結末でした。トランプ大統領は昨年の大統領選前から反対の意向を示していましたが、あくまでも大統領選を睨んだ発言。2025年1月にバイデン前大統領が買収禁止を決定したことで、逆張りが好きなトランプ手法を考えたら、バイデン大統領の決断を覆すことになんの躊躇はなかったはず。
承認は予想通りの結末
ましてトランプ政権にUSスチールを救済する術を持ち合わせていません。トランプ関税同様、日本を翻弄させて操り人形のように日本製鉄を陥れれば大成功。日本製鉄にとって余計な手間と資金を費やす後味の悪さは残りますが、本来の標的は世界の鉄鋼市場を牛耳る中国を打ち崩すこと。買収後の姿はまだ不透明ですが、日本製鉄とUSスチールと一体となる「日米製鉄」が誕生するはずです。鉄の支配を巡る新たな主導権争いが始まるのです。おもしろいですよ。
トランプ大統領は5月23日、日本製鉄による米鉄鋼大手USスチールの買収計画を承認しました。「計画的なパートナーシップ(提携)」として買収付きで認める方向ですが、日鉄が計画する完全子会社化を認めるのかどうか詳細は明らかになっていません。
米国経済への波及効果は高く評価しています。「少なくとも7万人の雇用を創出し、米国経済に140億ドル(約2兆円)の効果をもたらす」とXに投稿しています。来年2026年秋の中間選挙を念頭に「日鉄による投資の大部分は14か月以内に行われ、USスチールの本社は引き続きペンシルベニア州ピッツバーグに置かれる」と多大な成果を強調しています。 日鉄はUSスチールを141億ドルで買収して完全子会社化することを計画しているので、その通りに実行できる可能性はみえてきました。
日鉄がUSスチール買収を表明したのは2023年12月。直後に全米鉄鋼労働組合(USW)が雇用不安を招くと反対を表明。1年後の24年11月米大統領選が控えていましたから、労働者票を重視するトランプ氏とバイデン大統領ともに反対する姿勢を強調せざるをえませんでした。
返り咲いたトランプ大統領は25年4月に買収が安全保障に影響を与えるかを対米外国投資委員会に再審査するよう指示。CFIUSは影響が少ないという結果を伝え、トランプ大統領がGOサインを出す準備が整っていました。
電磁鋼板など高級品で対抗
「日米製鉄」の成否は中国の牙城を崩せるかどうかにかかっています。日鉄は粗鋼生産量で世界4位、USスチールは24位で、合体すれば世界3位へ浮上します。しかし、現状は世界1位が 中国宝武鋼鉄集団、第3位は鞍鋼集団と続き、中国勢全体では世界の粗鋼生産量の6割程度を占めています。中国政府は国内のみならずアジアや中東での製鉄所建設を後押しする一方、鉄鉱石や石炭など原料調達の確保を急拡大し、中国勢の動向は鉄鋼や原料の市況価格に大きな影響を持っています。
日鉄とUSスチールはかつて世界一の座に就き、市況を左右する価格主導権を握っていました。しかし、現在は中低位の価格帯では中国勢や世界2位のインド系のアルセロール・ミッタルが優勢です。たとえ世界3位の粗鋼生産量に拡大したとしても、「日米製鉄」は力比べではとても勝てません。
日米が巻き返すためには中国勢より技術的に優位に立つ電磁鋼板や特殊鋼棒線など高級品で勝負するするしかありません。先行きの需要は電気自動車(EV)の普及で大きな伸びが期待できます。中国勢より高級品で先行すれば、たとえ経営規模や市場シェアで劣っていても、収益力で格差をつけられます。日鉄が粗鋼生産設備が古いUSスチールを買収するのも、電炉を多く保有しており、脱炭素を目指すカーボンニュートラルを並走しながら高級品のシェアを一気に拡大できると踏んでいるからです。
もっとも、不安材料はまだあります。日鉄がUSスチールを完全子会社化できるかはまだ不透明です。トランプ大統領が日鉄の出資比率の過半超えを認めるかどうかわからないからです。仮に完全子会社化が認められない場合、世界最高クラスの技術を持つ日鉄が機密漏洩を恐れて計画を修正するのではないかとの見方がありますが、撤退の可能性はかなり低いとみます。EVはじめ今後の需要拡大を考慮すれば、米国市場で強力な製品開発、販売ができるうえ、米国の圧力を背景に欧州市場の取り込みも期待できます。中国の攻勢を押し留める有効な対抗軸を形成できます。
「日米製鉄」は世界の鉄鋼市場で中国勢の主導権を奪うためにも不可欠なものです。日鉄がどう世界戦略を展開するのか注目したいです。