昭和の「ひとやすみ」阿佐ヶ谷駅前の屋台で夜から朝まで飲む

 NHKの夜ドラ「ひとやすみ」が高い評価を集めています。舞台は東京・杉並の阿佐ヶ谷。テレビ朝日の人気ドラマ「相棒」など刑事モノと違って突飛な事件は起こらず、10代後半から30代までの若者たちを主人公に日常生活が淡々と描かれています。

NHK夜ドラで50年前が蘇る

 JR駅前の広場、パールセンター、西友、中杉通り、金魚釣り屋さん・・・阿佐ヶ谷ならではの風景が次々と舞台となって続きます。18歳の時に上京して始まった50年以上も前の阿佐ヶ谷での暮らしがフラッシュバックのように蘇りました。

  阿佐ヶ谷の良さは、いつまで経っても阿佐ヶ谷のまま。高円寺ほどサブカルじゃなく、荻窪ほど大人でもない。進歩なのか退歩なのかわかりませんが、「毎日を自分なりに生きていこう。楽しもう。他人の目は気にしない」がいつも漂っています。もちろん、努力や頑張りを否定するわけではありません。互いに干渉せず、近くも遠くもない距離感を保つ。これが阿佐ヶ谷の空気だと今でも思っています。

「私の阿佐ヶ谷」は毎夜、駅前に構える屋台に凝縮されています。午後7時過ぎ、駅北口のローターリーの端で準備が始まり、周囲が暗くなる頃にはお客さんが屋台の長椅子に。私も夜10時ごろには椅子の端っこに座り、おでんの汁で熱燗した日本酒「金露」をコップ酒で飲み始めます。

金が無いのに酒を飲む

 お金は全くありません。大学受験に失敗し、親の仕送りに頼って東京で浪人生活しています。それでも、酒とタバコに金を使います。バカが10個くらい連なるバカ息子でした。

 足繁く通った屋台は「栃木屋」の暖簾を掲げ、関西風の薄味おでんが酒の肴。親父さんは岐阜県の平湯出身。すでに80歳を超えていましたが、奥さんが料理の準備やお皿を洗っている横で「俺は今でも若い女を満足させられる」と豪語する酒豪でした。

 お客さんはもう千差万別。サラリーマンから落語家、詩人、作家、新聞記者ら個性派を自認する職業の方々、さらに酔うと「逮捕するぞ」を連呼する警官、さっきまで楽しい思いをさせ、今は泥酔した客の胸の財布からこっそり金を盗む春を売る女性、極め付けは横綱「若乃花」の二子山親方でしょうか。

 阿佐ヶ谷と屋台「栃木屋」の相乗効果なのでしょうか。みなさん、楽しく酔いながら自身の素顔をペロッと披露してくれます。真打になかなか昇進できない落語家さんは、話のオチが見つからず口を開けて入れ歯を外して「おやじ、これを担保に飲ましてくれ」とかましましたが、親父もお客も全く無視。

客は落語家、春を売る女性、元横綱

 年齢をそれなりに重ねた春を売る女性は、屋台に連れてきた客の財布からお金を盗んだシーンを目撃した他のお客さんに向かって鋭い視線を放ち、「私のお客なんだから、黙っていなよ」と一喝。商売の邪魔はするなと目配りして、フラフラに酔った客を起こし、「あんた、お勘定だよ」とほぼ空っぽの財布から支払うよう促します。

 二子山親方は言葉を失うほど豪快でした。突然、目の前に現れて立ったまま、おでんがいっぱい煮込んだ長方形の金属鍋に割り箸を入れ、好きな具材を選び、皿に運びます。いつもなら激怒する親父さんは二子山親方が大好きなのでニコニコしているだけ。親方もわかっているので、コップ酒をぐいぐい飲み、おでんを食べ続けます。軽く飲む食いしたと思ったら、そのままお金を払わずに去ってしまいました。

 目撃したお客は親方の所作に見惚れてしまい、息を呑むだけ。しばらくして1人の男性が「若乃花だからといって、あんな傍若無人は許さない」と喚き出しましたが、親父は無言のまま不愉快な顔を見せます。隣の客が「親方が居る時に言えよ。去ってから話すなんて、だから新聞記者は嫌いだ」と揶揄します。

 屋台で酒を飲んでいても、酒の肴はおでんだけじゃありませんでした。毎夜、建前と本音をごった煮した人生劇場が目の前に繰り返されました。自分の人生なんて考えも想像もしていない20歳前後でしたから、どの客が自分の将来と重なるのか恐々眺めていたものです。

屋台の親父、奥さんと飲んだ酒が忘れらない

 翌朝の午前6時過ぎまで飲み続けたこともありました。親父さんが屋台を仕舞う作業を手伝い、自宅まで一緒に押して帰りました。家では深夜まで親父さんを手伝った奥さんがいつも通りのきちんした着物姿でご馳走を料理していました。畳に座った親父さんは一升瓶の封を切り、「飲もう」とお茶碗に注ぎます。奥さんは正座したまま、黙って笑っていました。

 深夜から未明までもう十分に飲んだはずでしたが、手にした茶碗で味わう日本酒「金露」は全く違う味でした。あの空間と時間こそが人生の「ひとやすみ」だったと思います。

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