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クラフトビールの魅力、北海道・美深町「羊をめぐる冒険」が教える「叶わぬ夢」

 全国各地に誕生したクラフトビールのブームはまだ続いているのでしょうか。ついに自宅の近所にも小さなブルワリー(醸造所)が作られ、地元の新しい魅力を発信しています。

 もっとも、味は「おいしい!」が当たり前。数多あるクラフトビールに埋没しないためにはよほどの個性が必要です。地元だからといって、価格は1杯800円を超えるビールを毎日飲むわけにはいきません。

選ばれるクラフトビールの魅力とは?

「それじゃあ、毎日選ばれ続けるクラフトビールの条件って何か?」。そんな素朴な疑問に悩んでいたら、一匹の羊が目の前に現れました。北海道・美深町のクラフトビール「羊をめぐる冒険」です。

 毎冬訪れている名寄市のピヤシリースキー場から車で北へ30分、ビストロを併設した醸造所が見えてきたました。美深町の「美深白樺ブルワリー」です。

 きれいに雪かきされたレンガ積みの建物のドアを開くと、奥のガラス越しにクラフトビールを醸造するタンクなどが見えます。手前にはカウンター、テーブル席が並び、雰囲気は期待通り。飲む前から「美味い!」と唸るビールがあると信じてしまいます。

 クラフトビールの魅力はその土地でしか体験できない味わいにあります。美味しい海産物や農産物に恵まれた北海道なら、あちこちに飛び抜けた個性を発するクラフトビールがあるはずですが、美深町にはどこにも負けない物語があります。村上春樹さんの長編小説「羊をめぐる冒険」です。

最初のビールは「Wild Sheep Chase」

 2019年に誕生した「美深白樺ブルワリー」が初めて醸造したビールの名前は「Wild Sheep Chase」。ジンギスカンの素材を探す食べ歩きじゃありません。「羊をめぐる冒険」の英題です。「羊をめぐる冒険」に登場する架空の街・十二滝町は旭川で列車を乗り継ぎ、塩狩峠を越え、札幌から約260キロ北に進んだ先にあると説明しています。ちょうど地理的に位置が美深町と重なります。

小説は一匹の羊を探すことから始まります。主人公は女友達と北海道に向かい、旅の途中で多くの人に出会い、羊にまつわる不思議な伝説などを知り、次第に現実と夢の世界を彷徨い始めるのです。そして村上春樹の小説にたびたび登場する「羊男」と遭遇、村上ワールドは一気に開花します。

「Wild Sheep Chase」のビール瓶に貼られたラベルは、幻想的な風景が描かれ、右隅に一匹の白い羊が立っています。周囲の風景から浮かび上がる白さが印象的です。クラフトビールの味はどうでしょうか。期待を裏切りません。美深町に群生する白樺の樹液を使い、香り高く、柑橘を思わせるフルーティーな味わいが特徴です。

 グラスに注いだビールを飲むと、土地の空気をぎゅっと閉じ込めたエネルギーを感じます。やっぱり「美深町」にふさわしいクラフトビールだと納得するはずです。

物語を仕立てる腕前に脱帽

 村上春樹のワールドもさることながら、町名が素敵。アイヌ語の「石の多い場所」を意味する「ピウカ」を漢字表記で「美深」と表しました。「美が深い」。その土地に立てば、謎めいた深遠な羊の物語に出会うワクワク感を期待しないわけがありません。クラフトビールのクラフトは職人技を意味しています。美深町の「羊をめぐる冒険」を一本のビールに仕立てあげた腕前に脱帽するかありません。

 ただ、一匹の羊を探し当てても、羊とで会う前から抱える自分自身の謎を解く答は探しても探しても見つかりません。たとえビールを飲み続けたとしても、答に行くつくことは「叶わぬ夢」なのです。だから、酒を飲み続けるしかないのです。

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