日本から発信するイタリア料理を考えてみました(2)   

日本から発信するイタリア料理とは(2)

 サステナビリティを感じる 

イタリア食文化文筆・翻訳家 中村浩子

 インバウンド(外国人旅行)客に向けて日本から発信するイタリア料理を考える第2回目は、食材や料理法のサステナビリティ(持続可能性)を考慮した「サステナブル・イタリアン」である。

 『ミシュランガイド』、通称「ミシュラン」が一つ星から三ツ星、手ごろな値段で良質な食事が楽しめるビブグルマンに加えてサステナブルな取り組みを評価する「グリーンスター」という基準を2020年に新設した。イノベーティブイタリアンとして2020年から一つ星を獲得し、『ミシュランガイド東京2022』で東京のイタリア料理として初めてグリーンスターを獲得した「FARO」(東京・銀座)の料理からサステナビリティを見てみよう。

  その前にフランスの『ミシュランガイド』がイタリア料理を評価することの是非について、少し考えてみたい。昔から賛否両論がある。基本的に食材のエッセンスをとり出して重ねていくフランス料理と、食材そのものの味を大切にして味を多層に重ねないイタリア料理では、評価の観点が異なるからである。

 1985年にイタリア料理で初めてミシュランの三ツ星を獲得し、2008年に星を返上することになった故グアルティエーロ・マルケージが、フランス人がイタリア料理を評価する本を世界中に販売するのならば、その評価のシステムも公表すべきだと語ったのは有名な話である。

大地と海、空の色のグラデーションを想わせるFAROの店内

大地と海、空の色のグラデーションを想わせるFAROの店内

  日本のイタリア料理界にも、いまだに『ミシュランガイド』による評価を歓迎しないシェフはいる。ある著名な日本人シェフは、「ミシュランがイタリア料理をだめにした」と言い切る。これに対して1999年にイタリアに渡り、共同経営するローマの「Bistrot64」も一つ星を獲得し、「FARO」のエグゼクティブシェフをつとめる能田耕太郎さんはこう考えている。

 「ミシュランガイドのような指針があるから、ふだん使いではない昇華されたイタリア料理のレベルが上がったのだと思います。イタリア人は保守的ですが、(ミシュランが評価するような)洗練されたものが好きなのです。イタリアのイタリア料理はいま、ヴァリエーション(多様性)が実に豊かになっておもしろい。料理人がイタリア国内修業を経ないまま、イギリス、スペイン、ドイツ、スイス、アメリカ、南米、中近東、ロシアとさまざまな国で修業するからです」

 サステナビリティについても戸惑いの声が聞こえる。2015年に国連サミットで採択され、その後のダボス会議で経済効果が発表されて以来、各国政府が音頭をとり、企業も熱心に推し進めるようになったSDGs(持続可能な開発目標)。イタリア料理のサステナビリティに首を傾げるミシュラン星つき日本人シェフはいる。

 「本当のサステナブルってどうするのがよいのか……。いま皆さんが話しているのはちょっと違う……もうビジネスになっているし……と考えてしまいます。(家庭料理や郷土料理がベースにある)イタリア料理にとって、フードロス削減などは昔からやってきたことだから、何も新しいことではないんです」

  能田シェフがサステナビリティを考えたきっかけは、1990年代から2005年くらいまで上述のマルケージ(フランスの星付きレストランで修行し、ミラノで「新イタリア料理」を築いた)の影響を受けたイタリアの星付きリストランテでの経験。あまりのフードロスの多さにショックを受けたことが大きい。「三ツ星レストランでゴミと呼ばれるものは、一流のなかの一流食材の残り。それでもまかないに使うことが許されなかったのです。要らないところは捨てるという考え方でした」。

 それはイタリアだけの話にかぎらなかった。2013年に3ヵ月間研修したデンマークの「ノーマ」では80人くらいスタッフがおり、毎日約100人のお客をこなしていた。10代の研修生がまかないとして自国の料理をつくっていたが、当時の労働時間は18時間。食材の残りを利用した「サステナブルなまかない」など考える余裕はなく、100人分の食材の残りが山のように廃棄された。「それを見たときに心が痛み、料理人のあるべき姿を考えさせられたのです」(能田シェフ)

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