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米1俵と1兆円はどっちが重い?農林中金が抱えるパンドラの箱、農水産業の現場との乖離

「水田一枚当たりの利益は全然でない。高齢化でただでさえ後継者問題があるのに燃料などの経費の高騰が加わり、稲作を続けられるかどうか悩んでしまう」。昨年夏、秋田県の親戚を訪れた時、ご主人は情けない表情で話し始めました。ご主人は秋田県でも選りすぐりの「あきたこまち」が生産される地域の稲作農家です。耕地面積は広く、農作業の機械化も進めています。しかし、米の単価は上がらず、消費も増えない。燃料など農業コストは上昇しており、「息子が継いでくれるが、先行きは見えない」。毎日、食べるお米が見た目以上に重く見えたものです。

「農業よりもサラリマーンの方が稼げる」

 東京近郊の農家と話していても、事情は変わりません。「お金儲けのことを考えたら、会社勤めの方が良い。農業は自分の代で終わり。息子が継ぐことはない」。日本の農業に未来がなければ、私たちの食生活はどうなるの?モヤモヤした不安だけが目の前にありました。

 真剣に稲作や畑作に取り組んでいる農家の姿を間近に見ているだけに、農林中央金庫が巨額赤字を計上し、その埋め合わせに1兆円を超える増資を検討しているとのニュースを知った時には唖然としました。「またですか!」。

 巨額赤字は5000億円超。2025年3月期で計上する見通しで、財政基盤を維持するために1兆2000億円の増資を検討しています。赤字発生の原因は米国債などの運用による含み損。農林中金は2008年のリーマン・ショックでも投資した有価証券で巨額損失を被っており、この時は今回を上回る1兆9000億円を増資しています。2度あることは3度あると皮肉るつもりはありませんが、呆れます。

巨額損失はリーマン・ショックに続き2度目

 わずか16年間のうちに2度も巨額損失を被る農林中金は、メガバンクと異質な体質にあります。農業協同組合(JA)や信用農業協同組合連合会などから出資を受けて存立する金融機関ですが、貸出先が少ないため、集めた資金は投資に回して利益をあげ、出資先に配当する機関投資家の顔を持っています。

 しかし、運用がいびつです。運用残高56兆円のうち債券が56%も占め、株式はわずか2%。米国などの金利動向などに大きく左右され、金融環境の変化に対応できるようなリスク分散、つまりポートフォリオが適切かどうか疑問がありますが、専門家が設定しているのでしょうから外部から推察できない事情があるのでしょう。今回は、米国などの金利上昇の影響で外国債券の価格が下落し、24年3月時点で2兆1923億円の含み損を抱えていました。

 農林中金の金融戦略をとやかく問うつもりは全くありません。巨額損失を被る代わりに巨額利益を稼ぎ出し、出資先のJAなどに大きな利益を送り出したこともあるはずです。ただ、出資先のJAなどの基盤である農業の未来が全く見えない状況の中で、農業を支える金融機関としての本来の役割を果たしているのか。農水産業の足元が見えない不安を直視せず、債権運用などに精力を注ぎ、巨額損失を被ってしまっては、元も子もないどころか、金融機関として地に足がついていない。その存在自体を疑問視してしまいます。

農業支援に千億円単位を

 農林中金は農業の担い手育成に手を抜いているわけではありません。例えば、農業法人の運転資金を原則、無担保・無保証で貸付を行う「農業法人育成貸出(愛称:アグリシードローン)」を新設しています。直接融資のほか、JAバンクの農業融資の利用者に対し最大1%まで利子補給・助成します。HPによると、平成30年度は約8万件、18億円の実績で、平成30年度までの累計は約73万件の農業貸し出し、133億円を助成しています。「F&A(Food & Agri)成長産業化出資枠」もあります。500億円規模に設定し、新しい挑戦に対しリスク覚悟で資金を提供します。

 しかし、金額の桁が違いすぎます。農業支援は億円単位で、巨額損失を穴埋めする増資は兆円単位。農林中金の業務内容を詳細に見れば、億円と兆円の違いの辻褄は合うのでしょうが、農業を支える本来の金融機関としての立ち位置が大きくずれているのではないでしょうか。農業支援の施策をもっと大胆に、新しい挑戦を後押しする農家にもっともっと資金投入できないものですか。5000億円の赤字を出すぐらいのリスクを背負ってください。出資先のJAなどは赤字補填よりも納得して増資に応じるはずです。

 農林中金は、誰のためにあるのか。ホームページを検索したら、「基本的使命」を見つけました。 

農林中央金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)など会員のみなさまのために金融の円滑を図ることにより、農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資するという重要な社会的役割を担っています。

この役割を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)などからの出資や、JAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員や農林水産業者、農林水産業に関連する企業などへの貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率的な運用を図ることにより、会員のみなさまへの安定的な収益還元に努めています。

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