金融の再利用図書

凍てつく日銀、世界最大級の資産を保有する中央銀行の貧困

日本銀行が世界の金融市場から取り残されそうです。世界経済は過去2年間に及ぶコロナ禍をなんとかしのぎ、「新しい日常」のステージへ移ろうとしています。米連邦準備制度理事会(FRB)、欧州中央銀行(ECB)は金融緩和政策の軌道修正を開始しました。コロナ禍で縮小していた需要が回復する一方、半導体不足に象徴される供給が追いつかず、物価が上昇してインフレの影が大きく映り始めたからです。日本も例外ではありません。しかし、日銀は金融緩和の出口戦略を示していません。日銀は長期に渡って株式や債券を買い上げてきた結果、その保有資産は中央銀行として世界最大級に膨張しています。その巨大化した自らの姿を持て余し、凍てついているようにも見えます。

世界の金融市場から取り残される日銀

FRBは12月15日、市場から米国債などを買い入れる量的緩和を2022年3月に3ヶ月前倒しする方針を決定しました。22年中にゼロ金利政策を解除し、利上げも3回する見通しです。物価上昇がかなり目立ち始めた景況を精査した結果、インフレの芽をつむため、金融緩和の縮小を急ぎます。FRBはすでに22年6月に量的緩和を終了する道筋を示していましたが、22年3月に資産購入額をゼロとするよう軌道修正しました。また、ECBも12月16日、新型コロナウイルス緊急対策として打ち出した資産購入プログラムを2022年3月に終了すると発表しました。もっと踏み込んだのは英イングランド銀行です。12月16日、日米欧の中銀で初めて政策金利の引き上げに踏み切ると発表しました。

日銀も12月17日の金融政策決定会合で、コロナ禍での企業の資金繰りを支える特別対策の縮小を決めました。大企業に対しては予定通り2022年3月に終了します。中小企業の支援策は半年間延長します。しかし、主力の金融緩和の方針は変わりはありません。日銀が目標とする物価上昇率2%の達成がまだまだ先と判断したからです。

日本と欧米で中央銀行のスタンスの違いが再びはっきりと見えてきました。日本だけが足踏み、あるいは立ち往生しているかのようです。日本は欧米に比べて新型コロナの感染状況は落ち着いているとはいえ、実質GDPは7ー9月期でマイナス。景気回復でも取り残されています。

日本と欧米のスタンスの違いは当然、金利差に反映され金融市場を揺り動かします。日本にとっては円安の進行です。今後、さらに円安になる可能性は十分にあります。しかし、黒田東彦総裁の基本的な考えに変わりはありません。金融緩和の継続です。「欧米のように金融政策の正常化に向けて動き出すことにはならない」と強調します。円安は輸出企業などに恩恵が大きく、日本経済全体にとってプラスと考えます。しかし、物価は上昇基調です。2021年11月の企業物価指数は前年同期比で9%上昇し、同指数が比較ができる1981年以降で最大の伸びです。原油が高騰しているほか、円安の進行で輸入商品の価格が上昇しており、企業物価指数が前年同月を上回るのは9ヶ月連続となっています。

景気回復、物価上昇などが日銀が想定するステージに日本がまだ達成していないのかもしれません。仮に望んだ状況にたどり着いたとしても、日銀は金融緩和の縮小に舵を切れるのか疑問です。日銀は黒田総裁が就任した2013年以降、開始した大規模な金融緩和の結果、日銀自身が自縄自縛に追い込まれている印象を持ちます。

日銀の保有資産は日本のGDPを上回る規模に

例えば日銀の保有資産は過去最大の700兆円を超えました。日本のGDPのほぼ1.3倍です。欧米もコロナ禍で金融緩和を新型コロナウイルスによるパンデミック以降、資産が増大しています。FRBの資産はは7・3兆ドル(約750兆円)で、コロナ禍以前と比べて77%増と大幅に増えています。ECBも7兆ユーロ(約880兆円)で49%増となっています。世界中に想像を絶するマネーがばら撒かれています。しかし、日銀の総資産がいかに巨額であるのかがわかりますか。米国経済の規模は日本の4倍です。それにもかかわらず、FRBの資産額は約750兆円。ほぼ同じ規模の日銀がいかに膨張しているかがわかると思います。

この膨張の主因はETF(上場信託投資)の大量購入によるものです。その結果、中央銀行である日銀が東証最大の株主になってしまっています。なにしろ東証市場の株式保有シェアで、日銀は7%と最大の株主です。詳細をみると、日銀がETF購入を通じて発行済み株式20%以上を保有する企業は半導体のアドバンテスト、「ユニクロ」のファーストリテイリング、TDK、太陽誘電など優良企業ばかり。そして10%台を占める企業といえば、年度内に90社近くになるとの見方もあります。

もちろん日銀はこの異常事態を理解しています。2021年3月にETF購入の見直しを示唆してます。ただ、その後も日経平均が下がると結局ETFを購入しています。景気がコロナ禍後も期待通りに回復しないとなると、日経平均が低下した場合、日銀の買い入れが継続すると想像するのは自然です。株式市場ではGPIFと並ぶクジラと呼ばれ、池で泳ぐクジラの存在です。クジラが暴れたら池が壊れます。株式市場では日銀によるETF買いで日経平均の3割程度は底上げされているとの見方がETFの購入当初からされています。景気の先行きに神経を尖らせる政府を横目で睨みながら、日銀は政策を判断します。日経平均がようやく3万円台に到達して景気浮揚感を演出している時に日銀が金融政策の方程式に従って株式売却し、暴落を招くようなことができるはずがありません。そう簡単に資産を縮小することができないのが実情です。

そして金利。もしインフレの影が大きくなった場合、日銀は抑制に向けて金利引き上げできるのでしょうか。法政大学の大黒一正教授は日銀が金融引締めを行えば、先進国でも破格の巨額の政府債務を抱えている日本経済にとって、利払い費の増加を招き財政を直撃すると見ています。といって財政を救済するため金利上昇を抑えたら、インフレは暴走するかもしれません。インフレファイターとの別名がある中央銀行の役割を捨てることになってしまいます。世界最大の投資会社であるブラックロックは2022年の先行きについて「世界の中央銀行はインフレに対し寛容で金利引き締めを強化しない傾向にある。供給不足が解消されてもインフレ率はコロナ以前よりも高い水準に着地する」。さらに効率性よりも環境投資を重視する流れも加わり、インフレの可能性が高まると予測しています。もし予測が正しいのであれば日本もインフレの可能性をより真剣に考える必要があります。

株式、財政に打撃を与える判断が下せるか

日本経済の脆弱さを考慮すると、株式市場、財政状況の両面に打撃を与える判断を日銀が下すとは思えません。日銀のスタッフは優秀です。次の一手ははっきりと見えているはずです。しかし、日本経済の危うさを考えると、日銀は右にも左にも身動きできない。まるで身体が凍りついたようです。そして、もしインフレが加速したなら、今度は国民が凍ってしまいます。

今こそ国民にわかりやすく説明する努力が求められる

2013年以来、日本のGDPをしのぐ資産を持つ銀行にまで膨張した日銀。こんなに巨大な富を持っているにもかかわらず、目の前にある難局を打開する策が手元に見当たらない。まさに日銀は政策論から見れば貧困に陥っています。「日銀の貧困」です。この自ら保有する資産の重さで一歩も動けない悲しい姿を日本国民はじっと見詰めるしかないのでしょうか。金融政策はわかりにくいです。丁寧に説明すればするほど、素人にはわかりにくくなります。しかし、日銀になによりも求められているのは説明能力です。日銀の黒田総裁は日本国民に対し、2022年に何が起こるのかを説明する努力が求められています。

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