アボリジニの絵 ブッシュポテト

映画「ゴールデンカムイ」日本の多文化社会の扉は開いたか(中)豪州から

「多文化社会に興味はない」。東京本社の編集デスクからなんとも悲しくなる返答を国際電話で受け取った頃、1990年代のオーストラリアは、まさに多文化主義(Multiculturalism)が社会を大きく変える力を持ち始めていました。

1990年代のオーストラリアは多文化社会に突入

 1992年6月、オーストラリアの連邦最高裁は英国による植民化以来、200年以上も否定されてきた先住民「アボリジニ」の土地所有権を認める判決を認めました。原告団の中心人物だったエディー・マボ氏の名前から「マボ判決」として歴史に残っています。以来、先住民アボリジニの諸権利回復運動は加速し、熱を帯びていきます。

 「アボリジニ」と呼ばれる先住民の人々は5万年も前から大陸で生活してきました。英国人の入植後、その権利は無視され、生活する土地や人間としての権利を奪われ、激しい差別を受けてきました。家族や一族で広大な土地を移動しながら生活するアボリジニの生活と文化は否定されます。土地所有は認めず、子どもは強制的に親から引き離されてキリスト教の教育を受けさせ、ことごとく先住民の文化、習慣を消し去ります。

 独自の言語・文化を持つアボリジニの若者は欧州文化から孤立してしまい、定職に就けずアルコールなどで酩酊していると「怠けている」と非難されました。当然、収入は平均を大きく下回り、貧困を強いられます。

先住民の諸権利、アジア系移民の急増

 アジア系移民も欧州文化の新たな脅威として台頭し始めていました。白豪主義に走った時期もあったオーストラリアは、自らの立ち位置を確認します。日本などアジア経済の台頭に合わせ「欧米」から「アジア太平洋経済圏」へ軸足を移し始め、これに伴いアジア系移民が一段と急増します。

 「アジア志向」を明確に打ち出したキーティング首相の時代になって、欧州文化とアジア文化は対立から共存の可能性を探り始めました。民族にかかわりなく文化・生活の違いは乱立として受け止めるのではなく、互いに尊重し合う存在として理解できるのか。オーストラリアは未来の扉を開けるどうかを自問し、多文化社会の扉を開くカギを探ります。 

 アボリジニの人々が被った差別と貧困は北海道のアイヌ民族と重なります。明治以来、日本政府はアイヌの人々の居住地を制限する一方、狩猟民族のアイヌに対し鮭や狩りなどを禁止し、農業を強制します。アイヌの人々は”日本人”として生活するように矯正され、アイヌのアイデンティティーが認められません。1997年にアイヌ民族の諸権利を無視した北海道旧土人法は撤廃されたものの、先住民として認めたのは2019年のアイヌ施策推進法の制定からです。わずか5年前です。

アイヌ民族を先住民として認めたのは2019年

 私が生まれて60年以上も守り神として一緒にそばにいた木彫りのアイヌ酋長像は2019年までどんな存在だったのでしょうか。

「歴代の議会と政府による法と政策を謝罪します」。2008年2月、オーストラリアのケビン・ラッド首相が連邦議会に提案した先住民族に対する謝罪決議案は全会一致で採択されました。オーストラリア大陸が英国の植民地となってから200年以上も過ぎていましたが、先住民に対し過去を清算します。しかし、200年の年月は残酷です。アボリジニの人口は減り続け、オーストラリアの人口2000万人程度のわずか1%に過ぎない水準に追い込まれした。

 ラッド首相は、彼が地方議員時代にお会いしたことがあります。彼はアジア太平洋地域の一員として中国、インドネシア、日本語のいずれかを学校でも科目として教えたいと訴え、実現しました。あの時から10年以上も年月が過ぎましたが、変わらぬ姿勢に脱帽しました。

 予想通り、アジアとの一体化は進んでいます。オーストラリア統計局の調査によると、2017年から4年間でオーストラリアが海外から受け入れた人口は合計約102万人を数え、本人あるいは親が海外から移民した国民は総人口の5割を超えています。急増の多くはアジア系出身です。

アシリパが説くアイヌの伝承は日本の未来に

 先住民、アジア系移民の急増ーーいずれも日本が今、抱えている課題です。日本が単一民族か多民族かどうかに頭がいっぱいの国会議員がいるようですが、日本が直面する現実を考えれば、オーストラリアが経験した多文化社会の試練が待ち構えていることを直視しなければいけません。

 ゴールデンカムイの主人公アシリパが何度も説くアイヌの言い伝えは、漫画、アニメ、映画の世界だけの教訓と勘違いしてはいけません。

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