リニア新幹線を考える、27年開業の断念 リモートワークが襲う需要の変質

 JR東海に異変の予兆を感じます。国鉄が民営化で分割した直後、JR東海は東日本と西日本のJR2社に挟まれ、将来は経営危機に陥るとの見方もあり、JR西日本が救済合併に意欲を示していました。ところが、東海道新幹線は東京ー名古屋ー大阪を往復するビジネス客をてこに高収益を上げ、JR各社の中でも抜きん出た勢いを見せます。カリスマ経営者、葛西敬之氏の強いリーダーシップの下で、リニア中央新幹線構想も具体化しました。しかし、静岡県内の工事が進まず、開業目標の2027年を断念。最大の収益源であるビジネス客のライフスタイルもコロナ禍で大きく変わり、快走するJR東海の未来計画にも狂いが生じてきました。

新幹線で寿司、プロレス

 JR東海の丹羽俊介社長は3月27日、国土交通省のリニア静岡工区の水資源や環境保全対策に関する会議で27年の開業目標を先送りする考えを明らかにしました。2014年にリニア中央新幹線は着工しましたが、静岡県の川勝平太知事が大井川の水資源対策について懸念を示し、県内の工事着手に反対。予定通りに工期を進めることができないと判断しました。

 リニア中央新幹線の計画が先送りされるのはすでに織り込み済みです。先送りの見通しについては小サイト「From to ZERO」ですでに記事を掲載しており、27年の開業目標の断念に驚きはありません。

 むしろ、東海道新幹線で起こっている予想外の異変に驚きました。読売新聞によると、JR東海がグルメ雑誌と連携して「おいしい新幹線」を開始したそうです。車内ですし職人が握った寿司が提供されます。運賃は1人5万5000円。この値段でも発売した64席は完売。食堂車は2000年3月に廃止されていますから、24年ぶりの試みです。

 もっとユニークなのは車内でのプロレスイベント。2023年9月、プロレス団体が「のぞみ」を1両借りて初めて試合を開催しました。乗客輸送だけでなく貨物もお客様に。2024年4月からは「こだま」で荷物を運ぶ「東海道マッハ便」も開始します。

ビジネス客が戻ってこない

 5年前なら想像もできなかった「新幹線の異変」の引き金は、乗客の6割を占めるビジネス客が戻ってこないことでした。コロナ禍で途絶えたビジネス需要はコロナ禍が収束したにもかかわらず回復しておらず、2023年度の平日利用者数はコロナ禍前の18年度に比べ88%で足踏みしています。JR東海の丹羽俊介社長は記者会見で「コロナ後は生活様式や働き方が変わり、柔軟な発想が求められるようになった」と説明しています。

 JR東海の最大の強みが一転、弱みに変容し始めています。東日本、西日本のJR2社と違って広い路線網を持っていませんが、最大の収益源である東海道新幹線は東京ー名古屋ー大阪という日本経済の大動脈を結ぶ高速鉄道網です。世界の高速列車に比べても乗り心地は群を抜いていますし、1964年の開業以来、地震などの災害や人身事故を除けば事実上無事故を守り続ける安全神話を誇ります。だからこそ、ビジネス客や観光客は安心して新幹線を選びます。

 JR東海の事業戦略は新幹線を利用する乗客をいかに増やすか。この1点に尽きます。東京ー名古屋ー大阪をピストン輸送する頻度を高めれば、収益は一段と向上します。ピストンの往復スピードが止まった瞬間、JR東海の成長も止まる宿命です。ただ、1964年に開業した東海道新幹線は、老朽化が進行しており、設備の更新などで巨額の経営負担が待ち構えています。

リニアはJR東海にとって究極の選択

 JR東海の事実上の創業者である葛西敬之さんがリニア中央新幹線を強引ともいえる手法で着工した理由がここにあります。自らの強みである高速交通を極めるリニア中央新幹線は、究極の選択でもあったのです。国鉄改革3人組といわれた葛西敬之さん。並外れた交渉力とバイタリティによる猪突猛進ぶりに批判の声はありましたが、リニア中央新幹線が国策並みのプロジェクトに格上げされたのも安倍晋三首相との深いパイプがあったからこそ。

 リニア中央新幹線の計画は開業目標を先送りしたものの、静岡県と資源や環境対策での交渉に決着する見通しはありません。先行きは一段と不透明になりましたが、それよりも計画を根幹から揺るがすのは、需要構造の変質です。コロナ禍により自宅で業務をこなすリモートワークが定着し、わざわざ出張しなくてもネットを介して遠距離の取引先とミーティングを開くことが当たり前になっています。今後、メタバースなどネット空間の活用が多様化すれば、なおさら出張の必要性はなくなるでしょう。

将来の客層は海外観光客?

 リニア中央新幹線の最大の売りは、東京・品川ー名古屋を40分間で結ぶ”光速”。増える一方の海外からの観光客に人気を集めるのではないでしょうか。リニア中央新幹線が開業しても、当初狙っていたビジネス客は「その他大勢」に後退しているかもしれません。万が一、そんな事態に追い込まれたら、今度はJR東海の経営の異変が心配になります。

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