宇宙を眺めて地球を知る Mahalo マウナケアの「すばる」①身も心も痺れる
北海道名寄市の天文台「きたすばる」を訪れたら、いつかは、はるか南の米国ハワイ島にそびえるマウナケアの山頂にある「すばる」に向かわざるをえませんでした。
「すばる」は日本が世界に誇る光学技術を結集した天文台です。国立天文台ハワイ観測所が運用しており、口径8・2メートルもある巨大な光学赤外線望遠鏡が設置されています。私が中学生のころ、父親を拝み倒して買ってもらった反射望遠鏡は15センチ。当時、かなり高価でした。すばるの口径は55倍。巨大なレンズを磨き上げるシーンを想像するだけで血が沸き立つのを覚えたものです。建設するのにいくらお金が投じられたのか調べる気も起きません。「すげえ〜だろうなあ」。この一声しか出てきません。
マウナケアの山頂は標高4200メートル。日本の最高峰、富士山より400メートル以上も高く、気圧が地面の3分の2程度。空気が薄く湿度も時にはゼロ%になるそうです。周囲に観測を邪魔する大都市の輝きがないので、宇宙の奥まで覗ける気がします。
天文観測には世界でもトップクラスの最適地です。すばるも含めて11か国から天文台13基が建設されており、マウナケアの山頂には丸いドーム状の建物があちこちに並びます。研究者の往来や資材の搬送などもあって麓の街から山頂まで道路が敷設され、マウナケア山の中腹にはビジターセンターや研究者らが宿泊する施設があります。
高級コーヒーの産地として有名なハワイ島のコナから4WD車に乗って向かいました。ハワイは世界的な観光地ですから、マウナケア山頂の天文台、雄大な自然、星空観測を一度は体験したいと多くの観光客が訪れます。私もその一員として地元のツアーに参加しました。当日のツアー参加者は日本以外にニューヨーク、韓国、香港から。いずれも新婚か婚約したお祝いなどで訪れ、普通の観光は私だけ。美しい夕暮れや星空が観測できるので、多くの人にとって特別な地なのでしょう。
目的地の標高は4200メートル。ネパールの高地を訪れた経験がありますが、4000メートル超えは未体験ゾーン。季節は夏とはいえ、山頂は気温が10度を切ることもあるそうですから、装備が欠かせません。出発するホテルでTシャツ、短パンからダウンジャケット、インナーなどほとんど今からスキー場へ出かけても良いぐらいの服装に替えました。
不安はやはり高山病。マウナケア山中腹のビジターセンターで高度順化するとはいえ、山頂の空気はかなり薄いはず。天文台周辺を歩き回る程度ですが、薄い空気に脳の動きが鈍り目の前がクラッときたり、普段から衰えている判断能力がさらに低下するのではないかという心配が消えません。
前日は山頂付近の気候条件が悪化したので、天文台にまでたどり着けなかったとの情報も聞きました。2日連続することはないだろうというなんとも根拠がない確信を持って車上の客になっていたのですが、中腹まで整備されていた道路は山頂に近くにつれて4WD車のトレーニングコースのように荒れてきます。まるで砂漠の中を抜けるような登り坂や下り坂を走り続けると、キラッと輝く天文台の姿が見えました。「すばる」でした。
視界に入る天文台がどんどん増えてきます。興奮度も合わせて高まってきます。車は山頂の平地に駐車しました。ドアから降りてすばるに向かって走り出したい気持ちでしたが、走った途端息切れて意識を失うかもしれません。そろりそろりと歩き、胸の内で「ゆっくり、ゆっくり」と自分に言い聞かせて近くの天文台に向かい、気を落ち着かせてから「すばる」へ。
「すばる」の詳細はこちらから https://subarutelescope.org/jp/about/
言葉が出ません。「やっと来た」の思いだけです。いつの間にか、速足になってぐるぐる歩き回っています。呼吸が早くなり、知らぬ間に酸素の吸入と消耗が激しくなっていました。心臓がドキドキ。感動で鼓動が早まっているのか、酸素不足で早まっているのか。
心はすでに痺れて切っていましたが、脳の指令と足の動きがどうも一致しなくなってきました。なにか話そうとしても、口と舌がモヤモヤします。あれ、おかしい!。マウナケア山頂の天文台で星空を見上げる前に、身も心も痺れている自分を発見しました。