NISAとは「初心者に投資させながら、学びを求める酷な錬金術」

「経済の新聞記者なら、投資について詳しいですか」。主治医が内視鏡で大腸を検査しながら、ポリープを電気メスで切り取った後、問いかけてきました。思わず昔、後輩記者に「取材先はケツの穴まで調べて記事にしろ」と励ました過去を思い出し、まさか自身の「ケツの穴」を調べられている最中に投資相談を受けるとは予想もしませんでした。

 主治医には大腸がん手術などで5年も世話になっており、かなり親しい仲。麻酔抜きで検査していましたから、雑談の流れでNISAについて質問したかったようです。「普通の人よりは詳しいですよ」と返事したら、「もうひとつポリープがありました」と再び電気メス。そのままNISAの話題は立ち消えになりました。

内視鏡検査の最中に金融が話題に

 NISA(少額投資非課税制度)。2014年1月に英国の制度を参考に創設され、株式や投資信託の投資による利益に対し、一定額が非課税になりました。「株式など投資は一部の資産家が恩恵を受けるもの」といったイメージを改め、幅広い層に自らの資産を増やす手立てを増やし、沈滞する日本の株式市場を活性化する狙いでした。その後、制度設計の変更が繰り返され、年齢、投資上限金額、非課税内容が変わっていますが、岸田政権になってからは資産倍増プランの柱の一つに。

 2024年からは新NISAと呼ばれ、年間投資枠は360万円、非課税保有限度額は1800万円にそれぞれ拡充しました。投資金額が増え、非課税枠も拡大すれば、投資意欲は増すはず。普通はそう思います。そこに落とし穴があります。投資の関する知識と経験のある人なら、その通りですが、初心者らまだ経験が少ない個人投資家には不安が募るのではないでしょうか。

初心者向けコンテンツがあちこちに

 NISAは投資商品として株式、債券、投信などを組み合わせて運用します。政府の狙い通りに幅広い層の人たちの参加を想定すれば、不安要因はどんどん増えていきます。なにしろ投資の仕組みは複雑怪奇。多くの方程式を組み合わせ、答えを導き出す作業です。どの株式銘柄が良いのか、株式と債券などの組み合わせ比率はどの程度が適切なのか、金融用語に例えればポートフォリオをどう設計すれば良いのか。正解を見つけられる人はきっとゼロです。

 例えばYouTubeなどネットメディアでは「オルカン」と呼ばれる世界の多くの企業で構成する分散投信が話題を集め、実際に高い人気商品となっています。この商品のキモはリスク分散。要は損する可能性を極力低い商品を勧めているわけです。投資に失敗はつきものです。思惑通り、大きな利益を得られれば万々歳ですが、仮に外れた場合でも火傷は小さく済むと納得させる訳です。

 銀行や証券会社にとってNISAは顧客層を広げるチャンスです。どんな初心者でも歓迎するホームページや資料を作成して呼び込みます。例えば銀行のホームページを見ると、以下のように説明しています。

つみたて投資枠と成長投資枠を活用!

毎月5万円のつみたてと年2回60万円ずつの一括購入を10年間続けると
1800万円の枠を使い切れます

恩恵を享受できる層はどのくらい?

 正直、呆然としました。「毎月5万円、年2回のボーナス時に60万円」とありますが、仮に1000万円の年収があったとしても税金・社会福祉関連、家族の生活や学費、旅行などを差し引いて投資に回せる金額を試算すれば、とても無理な数字です。余裕を持って投資できる人は、すでに富裕層一歩手前の人たちです。

 しかも、2024年は予想通りというか、予想以上に株式など金融市場が乱高下しています。8月上旬には1987年のブラックマンデーを超える株式市場の急落、そして高騰が繰り返されました。ドル円相場も利上げに転じた日本銀行の政策、利下げに踏み切る米FRBそれぞれの動きを睨み、激しく動いています。新NISAを始めた人の中には8月の乱高下に呆然とした人もいたでしょう。日米金利差が実際に縮小し始めたら、日米の株価、債券市場はどう動くのか。予見できるのは米国著名投資家のバフェットさんぐらいでしょうか。???だけが続きます。

 それでも新聞、ネットでは新NISAのスタートから経験する金融市場の波乱を受けて、わかりやすい投資講座のコンテンツが急増しています。それはそうです。NISAの口座を開いた金融機関のアドバイスなどを参考に投資した個人にとって、8月の波乱に心が折れ、NISAの口座を開いて辛い思いをしている人もいます。

アプリにお任せも

 「安心してください」と肩を叩きたいところです。なぜなら、的確に読むことができる人はこの世にほとんどいません。だから投資アプリも人気です。「資産運用、ぜ〜んぶ自動で!」をキャッチコピーに口座数を増やすウェルスナビがその代表例です。でも、「ぜ〜んぶ自動」にお任せしたら、その投資家は何も金融市場から学ぶ機会はないでしょう。痛い思いをしなければ、賢くはなりません。誰もが知る人生訓です。

 NISAは順調に増えています。日本証券業協会によると、2024年3月時点のNISA口座数は1456万件で、1年前に比べ1・3倍増えています。24年に入り1〜3月期だけで増えた新規口座は170万件、前年同期と比べ3・2倍も増加しています。投資金額も3倍程度増えています。すべて新規の個人投資家とは思いませんが、半分ぐらいは新規と見積もって良いでしょう。

 投資はあくまでも個人の責任で実行するものです。損得を他人がとやかく言うものではないことは十分に承知しています。預貯金に頼り、清貧を良しとする日本の金銭感覚を見直すことも必要でしょう。ただ、初心者が多額の金額を投資に回し、どの程度の配当、利益を手にするのかがわからないまま不安を抱く現状を「NISAの時代到来」と理解するわけにはいきません。

長い時間軸で金融教育を

 もっと長い時間軸を想定して金融に関する教育、経験を積み重ねて、ようやくたどり着く目的地に新幹線かリニアモーターで手っ取り早く向かう金融政策に疑問は消えません。このままでは金融機関への利益誘導にしか見せません。そうなれば日本の金融政策に禍根を残します。

 まさにポリープ。30年以上も前に経験したバブル経済の崩壊の痛手を思い出してください。金融政策のガンと呼ばれたくないでしょう。まして電気メスで簡単に手術できる代物でもありません。内視鏡を使わなくても、誰でもはっきりと直視できるものです。政府はその被害を背負うのは国民であることをしっかりと覚えておいてください。

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