南太平洋「新しい枠組み」① 歴史と文化、人間への誇りと尊敬を持つ人々

 米国が日本やオーストラリアなどと協力して、南太平洋の島嶼国を巻き込む「新しい枠組み」を構築する考えを明らかにしています。英国やフランス、ニュージーランドなども加わり、米国、同盟国などの経済・軍事力で南太平洋で活発な外交戦略を展開する中国の動きを牽制するのが狙いです。米国、日本、オーストラリアがインドを巻き込んでQUADを創設した同じ延長線上にある安全保障戦略と見て良いのでしょうが、見逃して欲しくないのは南太平洋の島々で暮らす人々のことです。中国の南太平洋戦略が期待通り進んでいないのも「地域で生活する人間」を見落としているからです。

QUADにない落とし穴が潜む

 「人々はのんびり、平和で常夏の島」「豊富な海の幸にココナツ。飢餓がない」。JICA(国際協力機構)が太平洋の島嶼国について広く流布する勘違いを指摘しています。経済力は劣っているが、楽園のような生活をしている。こうしたステレオタイプが今でも通用し、直面する課題は気候変動による海面上昇ぐらいと理解されているのでしょうか。島嶼国の人口は合計しても1000万人程度。14億人の人口を抱え、巨大市場としての潜在力を期待されるインドと比較できないほど弱小です。そこがQUADにはない”落とし穴”が潜んでいるのです。

貧しい島嶼国を守るは、大いなる勘違い

 「新しい枠組み」が強力な経済力と軍事力を持つ先進国が貧しい南太平洋の島々を守るという構図で進むなら中国同様、大いなる勘違いです。南太平洋で暮らす人々は誇り高い人々です。自らの歴史と文化、そして人間に対する尊敬を強く意識し、その誇りを傷つけることは個人のみならず集落、組織を貶めることと考えます。南太平洋の島嶼国を取材で頻繁に訪れたのはもう30年近い前。政治や経済は当時と比べて大きく変わっているのは承知しています。ただ、30年間の歳月が過ぎても、根底に流れる精神性は変わっていないはずです。

自動車部品の生産現場

 サモア(当時の国名は西サモア)。日本の自動車部品メーカーが安い人件費に注目して建設した工場を取材するために訪れました。1985年から加速した円高をきっかけに日本の自動車や電機などは中国、タイ、ベトナムなど東南アジアで現地生産する戦略へ切り替えましたが、利益率が低い部品を生産するメーカーは、東南アジアを飛び越えて南太平洋のサモアにまで手を広げたのでした。南の島で日本の自動車部品が生産される。サモアはかつてドイツの支配地域にあったため、ビールがうまい。しかし、日本車メーカーが要求する高品質の自動車部品を果たして生産できるのか。取材の動機は冒頭に書たステレオタイプの発想そのものです。

伝統的なヒエラルキーと民族への強い誇り

 政治・経済のみならず現地の生活も実感したいと考え、飛び込みで家のドアをノックしました。ご主人は快く受けれいてくれたのですが、「マタイと会って許可を得て欲しい」と言うのです。マタイは日本語でふさわしい言葉は集落の首長だと思いますが、伝統的な家柄や権限を考えると酋長に近いと思います。

 ご主人に連れられてマタイの家に到着しました。サモアの伝統的な家屋「ファレ」は、屋根と柱だけで建築されて壁の仕切りがありません。南太平洋の島は湿度も高いため、風通しを良くしているそうです。どこが入り口?と戸惑っていたら、連れの人からアドバイスがありました。「まず膝を崩してうつ伏せになるような姿勢で床に這いながら入る。視線は床に合わせ、視線はマタイが許すまで合わしてはいけない」。注意点をきつく教えられます。

 教えられた通り、視線を落としながら這うようにファレに入ってきました。連れの人がマタイにサモア語で語りかけています。「日本のメディアがサモアの生活を取材したいので、この地域を歩き回りたい」と説明していると勝手に想像します。顔をあげて良いよと背中を叩かれたので、マタイの顔と姿を見るとイメージ通りのマタイでした。両親がサモア出身の相撲力士「小錦」のような男性がどっしりと座っていました。

 私がサモア語を理解できないのがわかっているので、アイコンタクトで「OK」ですかと確認したら、「良いよ」と言ったような気がします。お愛想笑いなどする隙もありません。酋長とはこういうものなのかという威厳のオーラを発していました。

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