富岡製糸場の不人気ぶりが問う 世界遺産の価値は観光名所?歴史の語り部?

 群馬県富岡市の世界文化遺産、富岡製糸場の不人気ぶりが際立っています。世界文化遺産に登録されてから10年。登録初年度の入場者は133万人を超える勢いを見せましたが、その後は尻すぼみ。2023年は36万人と7割も落ち込みました。コロナ禍の頃、訪問した経験からみれば、この結果に驚きはありません。富岡製糸場から受ける感動、驚きが物足りませんでした。世界文化遺産を観光名所として売り出すのか、歴史の語り部として期待するのか。今もなお地元の皆さんが中途半端な姿勢を引きずっていることにむしろ驚きます。

コロナ禍もあって入場者は低調に

 富岡製糸場を訪れたのは2021年1月。コロナ禍の真っ最中でした。世界文化遺産の登録後、入場者数が最も低かったのが2020年で、17万人台にとどまりました。初年度の133万人台に比べたら、10分の1近い水準まで凹みました。訪れた2021年初めも低調な流れが続いていたと思いますが、製糸場を訪れる人は予想外に多く、それなりに賑わっていました。

 ちなみ富岡製糸場に近く、関東で高い人気を集める伊香保温泉はガラガラ。宿泊した旅館の大浴場に入っているのは私一人。寂しいよりも浴場の室温が寒く、湯船から出られなかった記憶が残っています。

 富岡製糸場は明治政府が主力の輸出品だった絹織物に欠かせない高品質な生糸を生産するために建設し、その後民間企業に払い下げられました。現在に例えれば、半導体や自動車を基幹産業として育成するための拠点でした。

 1872年(明治5年)から創業した製糸場の広大な敷地に煉瓦積みの西洋風建物が並び、当時の最新鋭の製糸機械が配置されていました。製糸工場といえば劣悪な労働環境で働く女工哀史を思い浮かべるかもしれませんが、富岡製糸場は全国の製糸工場に技術を伝える模範工を育てる目的もありましたから、労働環境などは全く異なり、先入観を捨てて見学する必要があります。

 日本の近代史で必ずといって良いほど登場する富岡製糸場です。ガイドさんのお話をお聞きしながら、頭の片隅に残っていた明治の殖産興業の知識を一つ一つ確認しながら、国宝などに指定されている施設、場内を見て歩き回るのは楽しかったです。教科書や記録映像でしか見たことがない製糸機械のラインなどは、やはり感動ものでした。

片倉工業は停止後も保存に努力

 絹織物など繊維産業は明治以降の日本経済を支えてきた産業です。繊維機械はその後、自動車開発に発展しますし、繊維輸出は商社など新たな事業を興し、令和の今に連綿とつながる当時の息吹きを感じさせてくれます

 ただ、なんか物足りないのです。立派な建物、施設、製糸場を運営する人たちの生活などを身近に感じられるのですが、教科書などに記録されている歴史を辿っているだけに感じてしまいました。展示する側の強い思い入れは伝わるものの、現地を訪れたからこそ得られる新たな感動が物足りないのです。

 富岡製糸場はユネスコから世界文化遺産の価値があると認定したものです。「世界から認められた」という重みは理解しているつもりですが、「未来の日本を考えるうえで、富岡製糸場を訪れて明治から連綿と続く起業家精神を学ばなくては」という感動や驚きが伝わってきません。厳しい表現ですが、教科書をペラペラとめくるつまらなさを覚えました。

 心に残ったのは、保存に努力した企業の思いでした。1939年から経営した片倉工業は1987年の停止後も建物や機械を守ってきました。収益を最優先する企業経営の論理でいえば、保存には多額の費用がかかりますから解体する選択もあったかもしれません。2005年に富岡市に寄贈するまでの18年間、「売らない、貸さない、壊さない」を貫いたそうです。

世界遺産は地域に何をもたらし、もたらすのか

 日本には2024年8月現在、26件が世界遺産(内訳は文化遺産は21件、自然遺産は5件)として登録されています。直近に選ばれた佐渡島の金鉱山の事例を思い出して欲しいです。登録に向けて多大な労力などを費やしても、登録を契機に訪れる観光客の増加によって地域経済が潤う期待が溢れていました。しかし登録後、しばらくは観光客で賑わっても、閑散としてしまい、世界遺産ブームが消え去った地もあります。

 世界遺産は日本国内だけでなく、海外の観光客の誘致にも効果があるのは事実です。ただ、過去の栄光や歴史に頼っても、長続きはしません。SNSでアップされている映像を上回る感動や驚きを発信する努力が必要です。保存に努めた片倉工業に脱帽するのは、自社の歴史を守るだけでなく未来の「KATAKURA」につながる自信と確信を富岡製糸場から紡ぎ出したことです。実は世界遺産の登録が浮上する前から、同社の取締役から熱すぎる富岡製糸場の思いを何度も聞いた経験があります。

 「世界遺産」の冠が観光名所として欲しいと考える地域はまだあるかもしれませんが、ユネスコの登録審査に一喜一憂するよりも、まずは地域の皆さんにとっていかに欠くことができないものかを確認し、国内外にアピールしたいという熱い思いをしっかり紡いで欲しいです。どんな苦境に直面しても、傷まない素晴らしい織物が出来上がっているはずですから。

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