経産省の発電コスト試算、世界から取り残されたエネ政策 EUの新包括案で鮮明

経済産業省が2021年7月12日、発電コストの試算を明らかにしました。2030年でみると、太陽光発電は1キロワット時8円台前半~11円台後半、原子力が11円台後半以上と予測しており、初めて太陽光が原子力より安くなるとしています。しかし、試算の前提があまりにも発電所の現状とかけ離れ、エネルギー別のコスト試算に価値はあるのでしょうか。カーボンゼロ を掲げながらも小手先の施策を繰り出す日本政府の本気度を疑います。。一方で欧州連合(EU)の欧州委員会は7月14日、温暖化ガスの大幅削減に向けた包括案を公表しました。ガソリン車など内燃機関車の新車販売は2035年に事実上禁止するほか、環境規制の緩い国からの輸入品に事実上の関税をかける国境炭素調整措置(CBAM)を23年にも暫定導入する計画です。太陽光と原子力どっちが安いかを議論している日本のエネルギー政策は過去の遺物、すでに化石の存在になっています。

エネルギー別の発電コストの試算は総合資源エネルギー調査会(経産相の諮問機関)のワーキンググループで示しました。試算の見直しは6年ぶりで、新しいエネルギー基本計画などの検討資料として使います。発電コストの試算はこれまで原発推進のために原発のコスト優位を訴える役割を果たしてきましたが、福島第一原発事故やカーボンゼロ を目指すエネルギー政策への転換が反映して太陽光が一気に浮上しました。経産省としてはエネルギー政策の柱を原発から太陽光に移し替える大胆な表明と考えているはずです。

最も重要で、絶対に見逃してはいけないのは発電所建設や運営の費用や送電網への接続費などは含んでいない点です。調査会は原子力、太陽光、風力、石炭、液化天然ガス(LNG)など15種類の電源ごとに発電コストを2020年と2030年の差額を試算しています。原発の場合、建設費用はもちろん建設地の立地可能調査、県市町村の周辺地域との交渉などで多額の資金が投入されていますが、福島第一原発事故以降は新規建設は凍結され、再稼働すら難航しています。40年超の原発再稼働には巨額の新たな交付金を周辺自治体に支払う新施策も加わりました。原発の例を見ただけでも建設費の膨張度合いが大きく、概算する難しさがわかります。

最も安いとされた太陽光はどうでしょうか。太陽光パネルの価格低下が発電コスト低下の大きな誘因としていますが、太陽光は原発とは違った問題を抱えています。日本の場合、建設候補地となる平地は少なく山間部の用地開発は大雨などの災害リスクを拡大します。既存送電網への接続、さらに天候に左右される自然エネルギー欠かせない安定した電力供給のため、荒天時のバックアップ電源として稼働率を調整できる火力発電所が必要になります。もちろん、今回の試算には織り込んでいません。

経産省も試算の不完全さを理解しています。試算コストを明示したとはいえ、燃料費の見通し、設備の稼働年数・設備利用率、太陽光の導入量などの 試算の前提を変えれば、結果は大きく変わると説明。今後、経産省のHPで試算の根拠となるデータを開示する予定だそうです。

太陽光発電の拡大が急務であることは理解できます。政府目標は30年度に温暖化ガスの排出量を13年度比で46%以上削減することを設定しました。実現するためには発電量の20%弱は太陽光が占めることが必要です。太陽光は19年度の5580万キロワットから30年度に1億1000万キロワット以上に引き上げなければいけません。

もうひとつ見逃せないのは太陽光と原子力の発電コストがそれぞれ11円台後半で重なる試算が役所の文書らしさを感じます。太陽光は原発を抜いて優位になるものの、原発はまだ太陽光と拮抗する可能性がまだあると辻褄を合わせています。原発はまだまだエネルギー政策の柱であり続けるという未練を捨てきれません。

世界の時流から完全に取り残された日本、が浮かび上がります。EUは2030年までにCO2を55%減にすることで欧州議会、27か国、産業界と一致したそうです。まだ具体的な技術革新の裏づけがはっきりしないまま、とにかく突き進む。制度改革で世界をリードし続けようとする欧州らしいパフォーマンスです。そうしなければ米中、アジアに次ぐ埋没した地位に甘んじるしかなくなるからです。そのためには過去の政策に縛られては一歩も前進しません。絵に描いた餅と言われようが大胆な政策をまだまだ捻り出すことでしょう。

さて日本はどうか。過去の体面を保つためだけの発電コストの会議を繰り返していては私たちの税金がまことにもったいない。欧州は技術的な裏づけよりも目標に向かいます。日本も発電コストの辻褄合わせに知恵を絞るよりも、大胆な政策を産み出してはどうでしょうか。

例えば、かつてサハリンから海底ケーブルを通して北海道と結び、電力を受給を安定化させようという構想がありました。サハリンでは豊富な石油・天然ガスが産出され、プロジェクトには日本企業が深く関わっていますが、石油や天然ガスを輸入するだけです。脱炭素に突っ走る欧州は原子力大国のフランス、自然エネルギーの北欧などが役割分担ともいえる電力供給の体制を整備してエネルギーの安全保障を維持しています。島国・日本だからといって孤立した電力自給策を考えていては打開策は見当たりません。

あるいはソフトエネルギー・パスの復権はどうでしょう?単純化すると、自然エネルギーを軸に小規模な発電施設を設置して地域単位で地産地消する考え方です。農業立国だった明治以前の日本には水車でお米などを精米するなど身の回りの自然エネルギーを利用していました。緻密なものづくりと濃密なコミュニティーが好きな日本なら実現できるはずです。100万キロワットを超える大規模な原発を集中的に建設した結果、悲惨な事故に至った福島第一原発の事例を考えても、従前のエネルギー政策はもう通用しません。

過去の教訓に学び、大胆な決断をするしかないのが日本です。前提の段階ですでに根拠を失っている発電コストの試算研究に税金を使うよりも、世界を範を示すエネルギー政策を創りませんか。

関連記事一覧

PAGE TOP