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日産・ルノーが教えること⑤ 虚構の1000万台クラブ、「張子の恐竜」は怖くない

 「400万台クラブ」、あるいは「1000万台クラブ」。こんな数字を掲げたクラブ名をご覧になったことがありますか。いかがわしい投資を誘惑するクラブではありません。かつて世界の自動車メーカーが生き残るために加入をめざした「クラブ」です。もっとも、加入したからといって生き残りを保証するものではありません。運が良ければ、いえいえ経営の才があれば次代への道を開くことができるかもしれません。

クラブ加入をめざし、M&Aの嵐が

 1999年に提携した日産自動車とルノーも統合によってクラブの一員となりました。1990年代の自動車産業は規模拡大の競い合いが過熱し、M&Aバブルに突入します。GM、トヨタ自動車、ダイムラー・ベンツなど世界上位グループは生き残るが、 それ以外は果たして存続できるかどうかと囁かれました。生き残りの条件は生産台数400万台。「400万クラブ」の由来です。ホンダが生き残るためにGMと提携するのではないかと憶測が飛んだのもこの頃です。

 実際、1998年にドイツのダイムラー・ベンツ が米クライスラーと統合し、世界を驚かせます。両社の肌合いは全く違いますが、ダイムラー・ベンツ 会長のユルゲン・シュレンプは剛腕で知られた経営者でした。自動車のM&Aはもう「なんでもあり」に突入します。

 日産とルノー両社の販売台数は1999年で合計480万台。日産もルノーも当時の経営は破綻寸前。身売り同然でM&A市場に並べられたほどでしたが、その内実はともかく生き残る最低限のハードルは乗り越えました。

量産効果で競争力が強化されるはずが

 そもそも「400万台」の重みとは何か。自動車は鉄鋼、機械部品などあらゆる産業の力を結集し、3万〜5万点の部品を組み立てて完成します。それぞれの部品を大量生産できれば、生産コストを低減、ライバルに比べて割安な価格で販売できます。経済学で知られる「規模の経済」の典型例です。

 日産を率いたカルロス・ゴーン社長は、旧弊に縛られた系列や取引を崩壊させる大胆な経営改革によって見事に再生に成功します。しかし、2000年代、中国などアジアの新興市場の拡大によって、生き残りのハードルは400万台から1000万台へ跳ね上がります。まるでサッカーのゴールポストがどんどん遠のいていく印象です。

1000万台に向けて「なんでもあり」へ

 「1000万台クラブ」にしがみ付くかのように、M&Aの嵐はさらに激しさを増します。世界に衝撃を与えたダイムラー・クライスラーは決別し、クライスラーはイタリアのフィアットを手を組みます。2021年にはフランスのプジョー・シトロエンが参加、「ステランティス」が誕生します。傘下にはかつての欧米の自動車メーカーが収まり、14のブランドを扱います。ちょっと想像できません。日本でもトヨタがいすゞ、マツダ、スバル、スズキをグループに取り込み、過当競争といわれた日本の自動車産業を一手に握ります。

 ちなみに1000万台を突破したのは、中国市場に早くから進出していたドイツのVW。2014年に1000万台に手が届きます。日産・ルノーは後から加わった三菱自動車と合わせて2017年に1000万台を突破します。トヨタは直近3年連続して世界トップの座を守っていますが、初めて1000万台を超えたのが2022年。

実相は数字のからくりに過ぎない

 ただ、1000万台は単なる目安。数字のからくりに過ぎません。世界経済の状況、技術革新などによって生き残りのハードルの高低は躊躇いもなく変化します。コロナ禍や半導体不足などの影響もありますが、2022年、日産・ルノー・三菱の生産台数は前年比20%減の615万台へ激減しました。

 さらにEV時代の到来で1000万台はもう過去の遺物になっているかもしれません。世界のEV市場を席巻する米テスラは2022年、137万台を生産しました。1000万台から程遠い数字です。2021年は90万台です。

 にもかかわらず、 1000万台クラブの頂点に立つトヨタと比べて時価総額で一時期、大きく上回りました。技術開発や経営にまだ不安材料が散見されますが、テスラとトヨタが10年後、どちらが勝ち残っているのか断言できる人はいないでしょう。

24年間で日産・ルノーは強くなったのか

 まして日産・ルノーは?2017年に念願の1000万台クラブに加わったとはいえ、24年間かけて強い自動車メーカーに生まれ変わったのでしょうか。長年の歪んだ資本関係で相互信頼は遠のくばかり。フランス政府の横槍もあって、ルノーの経営判断そのものが揺らぐ。とても経営が盤石とは思えませんでした。

 世界の上位グループに食い込んだものの、世界市場をリードする力がないだけに新車開発でも後手に回る。それが電気自動車(EV)での提携によく現れています。今回の資本関係の見直しで最大の障壁となったEV開発は、テスラを追いかける立場です。名目上は対等なパートナーとなりましたが、両社の不信感がまだ消えておらず対等なパートナーとして世界のEV市場へ攻め入る心の準備は整っているとは思えません。

EVではテスラを追いかける立場

 「400万台クラブ」「1000万台クラブ」に象徴される経営規模の拡大は、対外的な力の誇示に過ぎなかったのです。有り体に言えば、張子の虎。気候変動で開発が迫られるEVに失敗したら未来がない今なら、絶滅寸前の恐竜に例えた方がわかりやすいかもしれません。

 日産・ルノーは24年間、何を追い求めていたのでしょうか。

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