トヨタとキヤノンが交錯する⑥ 創業家は永遠 されど会社は、後継は続くか

 キヤノンの御手洗冨士夫氏は社長職に3度就いています。中小企業や家業ならともかく、世界企業のキヤノンです。かなり異例な出来事です。

御手洗冨士夫氏は社長を3度経験

 1995年、いとこの肇氏の急逝を受けて就任。2006年まで15年間務めた後に会長へ。経団連会長にも就任します。余談ですが、当時、経団連会長だった奥田碩トヨタ自動車会長は就任を迷っていた御手洗氏を説得するため、経団連の運営に欠かせない人材と金は面倒見るからと約束したそうです。御手洗氏のみならずキヤノンといえども経団連を仕切るには相当な力技が必要なんでしょう。

 経団連会長を2期4年で終えて2010年に退任したのですが、それから2年後の2012年にキヤノンで会長兼務のまま社長に復帰。4年後の2016年に社長職から離れて会長に専任となったのものの、それから再び4年後の2020年に3度目の社長へ。現在に続きます。

 経営者としての評価に異論を挟む人はいないでしょう。社長就任した1995年から「選択と集中」を掲げ、不採算や成長力が見込めない事業を整理し、得意分野のプリンターなど事務機、カメラ、半導体装置などに集約。財務体質を大幅に改善し、儲かる製造業を体現しました。賀来龍三郎、山路敬三の両社長が創出・拡大した事業を切り捨てながら、御手洗冨士夫のカラーに染め上げることに成功したのです。

キヤノンの次が見えません

 残念なのは、2度目の社長以降はちょっと冴えがみえません。後継社長も育ちません。経営環境や後継候補の体調などさまざまな事情があるのでしょうが、御手洗冨士夫氏の「次」が見えてきません。

 次が見えないのはキヤノンの経営も同じです。2000年代、燦然と輝いていたキヤノンの成長力も陰りがみえてきました。現在の事業で最も期待されるのは医療。経営が大混乱した東芝が目先の資金が欲しいために手放した医療事業を買収したものです。キヤノンを世界企業へ押し上げた自前の技術力から未来のキヤノンを支える事業が創出できません。賀来、山路両氏が育て上げた技術開発のキヤノンはどこへ。消耗してしまったのでしょうか。

 1995年から27年間、社長を3度も務めた冨士夫氏は2022年9月の誕生日を迎え、87歳です。朝早く起きる習慣もあって、趣味のゴルフは早朝から一人でプレーすることが多いと聞いています。キヤノンの未来を誰と語っているのでしょうか。

豊田章男氏は日本経済のリーダー

 トヨタの豊田章男社長は自前のメディア「トヨタイムズ」やテレビCMを通じて自身の経営戦略を語り、発信しています。趣味のカーレースの時に着るワンピース姿で登場したり、記者会見で自らを「モリゾウ」と呼ぶのはちょっと首を傾げますが、「100年に1度の変革期」を迎えた自動車産業のリーダーを自認し、実践するのは見事です。

 社長に就任した2009年以降、米国でのリコール事件など大きな経営問題が発生すると最前線に立って発言、鼓舞する姿を高く評価する声をよく聞きます。社長に適格かどうかに疑問を示した奥田碩氏ら前任の社長と自らの違いを見せつける狙いもあったと思います。「創業家豊田出身の社長は、こうでなければいけない」と叫ぶ声が聞こえてきそうです。

 「トヨタの『思想』と『技』をしっかりと伝承し、『あなたは、何屋さんですか?』と聞かれたとき、『夢』と『自信』と『誇り』をもって、『私はクルマ屋です』と答えられる人財を育てることが、私のミッションだと思っております」

 2022年6月の株主総会でトヨタの未来を担う人材についてこう話しています。株主総会に来場した株主には「トヨタ『家元組織』革命 世界が学ぶ永続企業の『思想・技・所作』」(阿部修平著)と題した本が配布されたそうですが、豊田章男社長が語った同じ語句が綴られています。著者の阿部氏は豊田章男社長の経営手法を「茶道」などに例え「家元経営」であると分析し、さまざまなメディアで発信しています。豊田章男社長公認の本なのでしょう。

トヨタは家元・豊田家が継承?

 トヨタの経営を家元に例えるぐらいですから、これから未来永劫、トヨタの経営は創業家が握り続ける覚悟です。「100年に1度の変革期」。会社の軸を定める創業家の役割を改めて確認しているのでしょう。バイタリティーあふれる豊田章男社長です。家元だから、過去の栄光にしがみつくとは思えません。ただ、創業家以外から多くの声を聞く力を忘れてしまっては、家元として自己陶酔しているだけ。結局は孤独な経営者に過ぎません。

 自身の後継者は創業家から。異論はありません。しかし、トヨタもキヤノンも日本経済の一翼を担い、多くの従業員、家族、取引企業を抱えます。創業家を永続させるために存在しているわけではありません。

孤立無縁、自己陶酔を自戒し、経営革新を

 かつての名門企業、東芝、三菱電機が朽ち始めています。企業は存続するでしょうが、存在と成長は違います。東芝や三菱の醜態から何を学ぶのか。世界のトップを走るトヨタ、キヤノンも他人事ではありません。

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