アフリカ土産物語(23)ジンバブエ 無人の世界遺産とアフリカの長老
世界遺産の地は人影が消えていた――。そんな経験をしたのは後にも先にもグレート・ジンバブエだけである。2003年11月、政治の混乱と経済崩壊に揺れるジンバブエは観光客を遠ざけ、はからずも私は南部アフリカ最高の遺跡を独り占めすることになったのだ。
天然の岩と石積みのグレート・ジンバブエ
「アクロポリス」「神殿」「谷の遺跡」
現地のショナ語で「大きな石の家」を意味するグレート・ジンバブエは3つの部分から成る。丘の上の巨岩に石垣を蛇行させて積み上げた遺構「アクロポリス」。そのふもとで周囲240メートルもの楕円形の石組みの壁が囲む「神殿」。そして庶民の町「谷の遺跡」である。
集落から都市国家へ発展したグレート・ジンバブエは14世紀に最盛期を迎えたという。高さ120メートルの丘にある遺構は合理性など無縁の大胆な造形だ。遺構群全体にこの地域で多数派であるバンツー系の建物の特徴がうかがえ、アジア・イスラム文化の影響を受けたスワヒリ系の建築とは大きく異なる。
遺跡の建設者は誰か――。その論争は西欧がアフリカを植民支配していた時代には古代東方人説が有力だったが、1980年の独立を機にアフリカ人説へと形勢が傾く。それ以前は「白人支配への脅威」とみて、アフリカ人の美学や建築原理が不当に扱われていたという。
グレート・ジンバブエの石積みの壁
ボブ・マリーが独立式典で歌う
イギリスからの独立を果たした人々はそれまでの国名ローデシアを誇り高き遺跡にちなむジンバブエにし、4月18日の独立式典には国賓として招かれたボブ・マーリーが首都ハラレの競技場で歓喜のレゲエサウンドを響かせた。
解放闘争の英雄ムガベはイギリスからの独立に伴い首相に就任し、1987年に首相職を廃止して大統領に就いて長期にわたり政権を掌握する。強引な土地改革で国際社会から「独裁者」と非難されて孤立したが、批判を強圧的に封じ込めて政権に居座った。
拳を突き上げて歩くムガベ大統領
極端なインフレと失業率で経済は混迷を極める末期症状に陥るなか、2002年3月に行われた大統領選挙を取材したが、4選を果たしたムガベは「イギリス帝国主義への勝利だ」と怪気炎を上げ、改めて「黒人の主権国家」への執着を示した。
英雄から独裁者へ、ムガベの37年間と遺跡が重なる
たった一人で「神殿」の壁の優雅な曲線をたどりながら私は奇妙な感覚にとらわれた。「ここは本当に地球なのか……」。ジョン・コルトレーンのソプラノサックスの旋律がBGMのように頭の中で鳴り始める。遺跡群を2時間歩いたが、ついに誰とも遭遇しなかった。文化的な内容を書くはずのルポは外貨収入源を失ったジンバブエの苦悩へとテーマを変えた。
無人のグレートジンバブエ
そのころ世界3大瀑布で知られるジンバブエ西部の観光地ビクトリアフォールズでは国道に給油待ちの車列が約1キロも続いていた。海外からの石油調達が途切れ、国営石油会社の備蓄も底を突き、給油できる保障がないにもかかわらず……。
ムガベは経済を破綻させたまま、2017年12月の軍事クーデターにより93歳で失脚した。首相就任から数えると政権掌握は37年に及んだ。壮大な遺跡のシュールな景観を思い出すたび、国を揺さぶり続けた「アフリカの長老」の不敵な顔がよみがえる。(城島 徹)