アフリカ土産物語(34)マリ・バンディアガラ ドゴン族の世界にもロシアの影

 「この地球には不思議な場所があるものだ」。

 そう思わせたのは高さ500メートルの断崖が約200キロ続くマリ中部の世界遺産の地バンディアガラだ。その山岳地帯には星の世界からやってきた、という言い伝えのあるドゴン族が13世紀ころに住み着き、独自の宇宙観とアニミズム(精霊信仰)の息づく暮らしを続けていた。

バンディアガラの断崖

ドゴン族は星の世界から

 まず印象的だったのは崖にびっしりへばりつく箱型の家屋だった。土で覆った長方形の住居で、小さな出入り口があり、壁からいくつも木の棒が突き出ている。ジギボンボという村では、わらで作ったとんがり帽子状の屋根を乗せた穀物倉庫や住居も平地に点在し、石を敷いた室内に入ると、座った状態で頭が天井につきそうな狭い空間となっていた。

断崖から眺めた平地の光景

ジギボンボ村の老人

 断崖の下のカニコンボレ村で女性が井戸から水を汲んでいた。「日本人が作ってくれたおかげで女性が重労働から解放された。それまで2キロ先から水を運んで雑穀のミレットを栽培していたんだ」。毛糸帽をかぶったグレマ村長が顔をくしゃくしゃにして笑った。周囲では玉ねぎやタバコが赤茶けた大地に緑のアクセントをつけていた。

カニコンボレ村のグレマ村長

 ドゴンの人たちは当時、200余りの村々に約25万人が暮らしていた。独特の宗教観から仮面の踊りや儀式など先祖崇拝の伝統を受け継ぐが、近年はイスラム教やキリスト教も入り込み、改宗も進んでいる。

 断崖を見上げるテリ村では村民約800人の大半がイスラム教徒になり、3家族がカトリック教徒だと聞いた。兄がアニミズム、弟がカトリックを信仰する老兄弟が「ラマダンもクリスマスの習慣も互いに尊重しているし、争うことなどないさ」と話し、争いを好まない心情がうかがえた。世界遺産に指定されたことで観光化が進み、伝統とのバランスが変化しているとはいえ、そうした土産話は豊潤な響きとなって私の心にしまわれた。

テリ村の老兄弟

 ところが、2012年以降の武力衝突による争乱はこの地も危機に陥れた。アラブの春でリビアのカダフィ政権が崩壊し、同国内に退避していたトゥアレグの反政府勢力がサハラに戻り、マリ北部の分離独立を主張し、イスラム武装勢力と共闘した。フランスが軍事介入してイスラム勢力の排除に当たったが、衝突はその後も沈静化せずに混迷を極めている。

 戦争は人々の心にふだん埋もれている邪悪な殺意を呼び起こしてしまう。バンディアガラでもイスラム過激派武装勢力からの攻撃に対抗するドゴン族と、イスラム勢力に加わった牧畜民で知られるフラニ族との間で残虐な殺傷行為が頻発しているという。

ワグネルの影響はマリにも

 さらに混乱は進む。2020年の軍事クーデターで実権を握った暫定政権がフランスの駐留軍を追い出し、関係を深めたロシアの民間軍事会社ワグネルを進出させ、2013年から派遣されてきた国連平和維持活動(PKO)の撤退を求めたのだ。これによりPKO部隊は年内に撤収することになった。

テリ村から見上げた断崖に作られた小屋

 ロシアはワグネル創始者プリゴジン氏による反乱もあったが、マリの隣でクーデターを起こしたニジェールを含め旧フランス植民地への情報戦略を絡めた関与を進めている。西アフリカの地政学リスクは高まる一方で、残念ながらマリは旅人にとって牧歌的な紀行文で描ける国ではなくなってしまった。(城島徹)

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