アフリカ土産物語(5) ケニアのシングルマザー ビーズ細工が紡ぐ未来
雨上がりの朝、ぬかるんだ路地の両側に土とトタン板の掘っ立て小屋が並ぶ――。ケニアの首都ナイロビにある東アフリカ最大のスラムを訪ねたのは2002年のクリスマスだった。雄大なサバンナのキリンやゾウ、ライオンなど動物王国のイメージが強いケニアだが、貧困からビーズ細工で自立を図るスラムの若きシングルマザーたちの姿が忘れられない。
キベラ地区は人口100万人の巨大スラム
首都ナイロビの中心部から西に約10キロにあるキベラ地区。人口は当時100万とも言われた巨大なスラムだ。汚水や排便の臭いがあたりに漂う。その中を隣国ウガンダへ向かうディーゼル機関車が悲鳴のようなエンジン音を響かせて貨物を牽引していく。
トタン板の家屋が並ぶキベラ地区のスラム
「これ以上奥まで行けば命が危ない。金を奪われるぞ」。スラムに入っていくと、野菜や衣服を路上販売して日銭を稼いでいる25歳の青年から制止された。その横を少女が頭にポリタンクを乗せてソロリソロリと歩いていく。足元はおぼつかないが、顔は真剣そのもの。家族の待つ家まで遠くから水を運んでいるのだ。
電気も水道もない。屋外の蛇口をうらめしそうに見つめる若い女性が言った。「もう2年間も水が出ない」。3キロ離れた水供給会社からポリタンク1杯を約30円で買ってくるといい、「ここの住民は行政から忘れされている。街には殺人事件が後を絶たない。私たちが望むのは平和な暮らしだけです」とうめいた。
大晦日にキベラ地区に近い非政府組織(NGO)を訪ねた。17歳から25歳までの女性十数人が職業訓練としてピース細工の土産物づくりをしている場所だ。彼女たちの多くはキベラなどに住むシングルマザーだった。ストリートチルドレンのカウンセリング活動がきっかけで、学校を中退した子や、家出して帰る場所のない少女たちに「生活の自立手段として裁縫を身につけてもらおう」と前年から始まった自立支援のプロジェクトだ。勉強の機会を奪われたキベラの少女たちは読み書きができないためバスに乗れず、新聞から病気の流行や原因も理解できず、絶望したまま売春婦へと身を崩していくケースも多いと聞いた。
首飾りを作る若いお母さん
「息子を学校に行かせたい」と2歳の息子がいる17歳の少女
「将来に備えて洋裁を習っています。まず食べることが大事だから。そして息子を学校に行かせたい」。2歳の息子がいる17歳の少女ユニスさんは健気に言いつつ、「学費、教科書を買うとなると、気が重い。もしまともな学校に入学させると、革靴や制服も負担しなくてはならない」と嘆いた。
自身が学費を払えないため小学校を中退した20歳のジュリさんは1歳の長女を見つめながら「お金が続くなら大学に行かせたい」とつぶやいた。1歳半の長男がいる16歳のワンディさんは「息子を大学に行かせ、医者になってほしい」とあどけない顔で言った。
シングルマザーたちが作ったビーズ細工
アフリカの大自然を存分に味わえるサファリ観光は魅力的だが、その裏でケニアには貧困ゆえの悲劇が横たわっていた。その現実を今も忘れさせないのは、懸命に生きるキベラのシングルマザーたちが指先でひとつひとつビーズを通して作ったネックレスだ。(城島徹)
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時にはモノなき土産話もあります。
今世紀初頭の3年間、アフリカを特派員として飛び回った筆者が各地の土産にまつわる「こぼれ話」を綴ります。とはいえ紛争絡みの取材など、土産とは無縁の出張が多く、「モノなき土産話」も含まれますのでご容赦ください。(元新聞記者・城島徹)