トンコリが響く博物館、アイヌの神謡が空気に溶け込み、北海道を感じる

 博物館の順路に従って進んでいくと、周囲の空間を染め上げるような音楽の響きが聞こえてきました。切れの良い弦楽器が奏でられ、女性が口ずさむようなハミングが重なってきます。「ん〜んっん」という響きを基調にしており、なにかしらの意味を込めているのかどうかわかりません。

弦楽器の響きと女性のハミングが重なる

 弦楽器はきっとトンコリ。アイヌの伝統楽器で、琴や三味線のようなイメージですが個人的には歯切れの良い音色が好きなバンジョーに近いと思っています。聞き惚れてしまい、そこに立ちすくんでしまいしました。自然な音の連続で、今風に例えればヒーリング・ミュージック。アイヌの踊りや謡でよく登場する同じフレーズが繰り返され、次第に高揚していきます。とても気持ちが良い。

アイヌの酋長は豪華絢爛?

 旭川市博物館を初めて訪れました。ホームページを見ると、キャッチコピーは、「アイヌの歴史と文化に出会う」。旭川市周辺の上川アイヌを軸に北海道やオホーツク、現在のロシアに及ぶ文化圏などを紹介しています。博物館の展示コーナーに入ると、すぐに豪華な衣装で着飾ったアイヌの酋長像が立っています。松前藩の家老で画家として有名な蠣崎波響が描いた「夷酋列像」をもとにイメージして造形したそうで、ロシアのコートと中国の衣服を来ています。北海道と海外の交易で手にした豊かさを象徴したそうです。

 松前藩とアイヌとの闘いは壮絶です。詳細は省きますが、松前藩は劣勢に立たされると和睦と称してアイヌの酋長を集め、宴席で毒殺する歴史が続きます。

 アイヌの英雄、シャクシャインが本拠にしていた日高地方で出会ったアイヌの女性は松前藩と口するのも嫌がっていました。その家老が描いた画ですから、そのまま信じて良いのか首を傾げますが、和人から見たアイヌの酋長は、裕福に映ったのでしょう。私は波響が描いた夷酋列像シリーズの実物を拝見したことがありますが、それは筆遣い、絵具の色彩すべてが逸品です。画家の力量に敬服しました。強い思いがあったからこそ、松前藩は北海道の支配に突っ走ったのでしょう。

 豪華絢爛な衣装を着る酋長像を展示することに「へえ〜」とちょっと驚きましたが、日本人の多くは白黒の世界に染まるイメージでしょうから、意外性があって良いのかもと考え直しました。

知里幸恵さんの文章に

 展示物と関係ないことを夢想しながら、歩いていたら知里幸恵さんのコーナーと出会いました。金田一京助が高く評価し、東京で家族同様に育てていましたが、19歳の若さで早逝。「アイヌ神謡集」や日記を読むと、その文章力に圧倒されます。無駄な言葉が見当たりません。繊細で簡潔、でもすばりと的を射る表現を選択します。大げさではなく宝石のような文章です。その才能がもっと花開いたら、どんな素晴らしい作品が生まれたのでしょうか。

コーナーでは自筆の原稿をもとにしたパネルが展示されています。

『氷の上に、小さい狼の子が転んだ、(滑って)それは氷が偉いからなんですね(でせうか?)』

『氷がえらいなら(何故)太陽に溶かされる』

『太陽がえらいからでせうか?』

 次に太陽を隠す雲が現れ、そして雲を吹き飛ばす風が続き、無限循環のように「誰がえらいか」を比べています。結末はわかりませんが、きっと自然はすべて大事、えらいのだ、尊敬を忘れてはいけないとなるでしょうか。自然を敬い、人間の奢りを戒めるアイヌの根底に流れる考えを教えているのだと思います。

 トンコリの音色は知里幸恵さんのコーナーを過ぎたころから聞こえてきました。「今日のアイヌ文化コーナー」にでした。手芸や木彫りなど今も生きるアイヌ文化を展示されています。

 偶然、博物館のスタッフが通りがかったので、「この曲は誰が演奏しているのですか」とたずねたら、「この博物館のために作ったそうですよ」と教えてくれました。展示の中にトンコリ奏者で知られるOKIさんのCDがあったので、きっとOKIさんだと思います。「博物館の空気を伝わって、どこにいても聞こえる感じでしょ。良いですね」とちょっと自慢していましたが、全く同意です。旭川市博物館のパンフレットを読まなくても、この博物館とはどんなところか理解できます。

OKIさんが博物館のために創作

 アイヌの言葉の響きは知らない間に惹き付けられます。アイヌの研究者ではありませんので、間違ったことを書いているかもしれませんが、この響きを聞くだけで博物館を訪れて良かったと思うはずです。

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