「西脇順三郎・再び」武蔵野を歩き、ウグイスの太い低音の鳴き声に驚いたら樹々の伐採にも気付く

 「西脇順三郎全集」(筑摩書房)を買っちゃいました。偶然、入った古本屋さんで出会ってしまったのです。店頭のガラスケース裏に山積みされ、店内に入らないと気付きません。長らく陳列されている様子でした。西脇さんの数ある著作を一冊づつ購入しようとしても、出版時期がもう古い書籍が多く、揃えるのはたいへん。近所の図書館で探しても、蔵書がほとんどない。だからといって全集を並べれば結構な空間を占有し、金額も半端ない。衝動買いはまず避けようと決め、お店を出ました。

 西脇順三郎全集を買ってしまう

 一ヶ月間は我慢できましたが、「著作すべてを揃えるのは無理。この機会を逃したら、必ず後悔する」と観念。お店のご主人に訊ねたら、ネットで出回っている価格に比べ半値以下。「買う人間が言うのもおかしいけど、安いですね」と話したら、「全集を置く場所に困る家がほとんどだから、買う人がいない。うちは欲しい人に売るだけだから」。「買っても死ぬまで全部読み切る自信がない」と冗談で返したら、お店のご主人は「全集をすべて読む人なんて、いないよ」と真顔で答えます。この一言で決心しました。

久しぶりに興奮

 久しぶりに本を抱き抱えたい気分を味わっています。高校生の時に知った詩人ですが、60歳をとうに過ぎた今も何回読んでもわからない難解な詩ばかり。でも、読み始めると、萎びた脳のシナプスがプチプチ音を火花を散らすのがわかります。

 第1巻の最初のページを捲ってから、数週間すぎて「旅人かへらず」にようやくたどり着きました。小平村、武蔵境、調布、甲州街道・・・。散策が好きな詩人は、私が住んでいる武蔵野近辺も歩いていたので、自分自身が歩いている地域の名が文中に繰り返し登場します。私が生まれた頃、60年以上も前に武蔵野を歩き、詩人の目に映った風景と、60年以上も歳月が過ぎた今の風景とどう違うのか。そんな妄想に酔いながら、時空を行ったり来たりするのは楽しいものです。

住んでいる武蔵野の60年前と今を

 でも、60年間以上すぎても、変わらない風景があることにも気づきました。

りんどうの咲く家の

窓から首を出して

まゆをひそめた女房の

何事か思ひに沈む

欅の葉の散ってくる小路の

奥に住める

ひとの寂しき

 新しい町を迷い込むように散策していると、建ち並ぶ家々を一つ一つ眺めている時があります。庭に植え、育てている花や樹々、好みのデザインで設計した家屋。みんな生活を楽しんでいるなあと感慨にふけっていたら、思わず家人が現れ、目のやり場に困る時があります。

行く道のかすかなる

鶯の音

 わずか2行の詩ですが、まさに武蔵野を散策する楽しみのひとつです。ウグイスがほんとあちこちで鳴いています。笹や藪を好む鳥だそうですが、確かに道端には孟宗竹や藪が多い。春が近づくと、うぐいすが鳴き始めます。漢字で「春告鳥」と書きます。「ホーホケキョ」とお約束通りに歌えず、息が切れてしまう場合もありますが、まだ若い鳥なのでしょうか。ちなみに春告魚、ニシンは大好物です。春の訪れは、やはり気持ち良いのでしょう。

散策するとウグイスの鳴き声がいつも

 そんなことよりも、なんとかうぐいすを見たいと思い、口笛で真似をします。だいぶうまく真似できるようになったので、口笛で「ホーホケキョ」と呼ぶと「ホーホケキョ」と鳴き返してくれる時もあります。もうちょっと本物らしく真似ようと「ホケキョ、ホケキョ」と続けると、偽物だとバレてしまい、今度はスルー。春から夏までの遊びです。

 でも、最近、驚いたのが鳴き声が太くなっていたのです。耳にするウグイスの鳴き声が毎回同じ鳥とは思いませんが、太く低音で奏でるウグイスとも知らない間に付き合っていたようです。寿命は8年程度だそうですから、若鳥が声変わりして美声で若い雌鳥を魅せた後は、中年の魅力で低音になるのでしょうか。なかなか趣きがあって良い声なんです。

東京都は樹々の伐採も相次ぐ

 そういえば、いつも散策する道端や公園で樹々が伐採されています。桜など種類は様々ですが、幹がボロボロになり倒木の恐れが出てきたきたからのでしょう。毎年鳴き声を聞いていたウグイスが低音の響きで魅了する術を体得するほど、知らない間に歳月が10年単位で過ぎていたのでしょう。樹々が老木になって当然です。

 でも、あまりにもあっさりと根元から切られ、新しい切り株が目立ち始めると、東京は寂しい街だなあと改めて感じます。

 新陳代謝は仕方がありません。でもなんでも切っちゃうのは寂しい。最近は老木じゃなくても伐採する例を見ます。大きな幹じゃなくても、切られてします。もっと歳を取らせても良いんじゃないの。つまらない感傷でしょうか。うぐいすだって、低音の「ホーホケキョ」で魅了させてくるのです。老木は老木なりになにかしら魅力があるはずです。

歳を取るって良いことだけなのになあ

 西脇順三郎さんはこんな詩を残しています。

きりぎりすの声

驚き心はせかる

昔の女の夢見る

 季節が春、夏、秋に移り、冬を迎える前。四季がぐるっと回る寸前、歳月が経るに従い、新たな味わいが生まれるのです、きっと。

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