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自動車産業が消える10 半導体のTSMCが教える日本の産業力の深刻な衰退 

 半導体の受託生産で世界最大手の台湾・TSMCが熊本県に日本で2番目となる工場を建設する方針です。同社の劉徳音会長が明らかにしました。日本で最初の工場はソニーグループやデンソーなどと共同で同じ熊本県に建設しており、自動車向けの半導体を生産する計画です。半導体の生産は、ナノ単位の高微細加工技術を駆使して製造工程を管理、製品化しますが、それぞれの工程を精緻に制御するためには多くの優秀な技術者が必要。熊本県以外に建設すれば、貴重な人材や経験、いわゆる経営資源が分散するだけに、同じ熊本県に集中立地する判断を下したのでしょう。

 TSMCの経営判断は日本の産業界が目を逸らす難問を教えてくれています。

①優秀な技術者の枯渇

 日本は1980年代に世界の半導体市場で過半を超えるシェアを握り、フラッシュメモリーなど優れた製品を開発してきました。シリコンウエハー、製造装置など高精細な半導体を生産する基本的な工程についても信越化学、ニコン、キヤノンなどが支配し、強さをみせつけていました。しかし、その後はサムスン電子に代表される韓国や台湾の急追に抗し切れず、半導体メーカーは再編を繰り返しながら衰退の道をひた走り、2012年2月のエルピーダーメモリーの経営破綻で終幕を迎えます。

 ほぼ10年後の2021年6月、TSMCが日本で工場を建設する検討を開始します。翌年の2022年8月には日の丸プロジェクトとしてトヨタ自動車、NTTなど8社が参加する「ラピダス」が設立され、米IBMなどの技術支援を受けて2ナノレベルの半導体生産を表明しました。中国による台湾有事を想定した経済安全保障に押される予想外の追い風が吹き、半導体産業が息吹き返すチャンスが相次ぎましたが、この10年間で失ったモノは予想以上に大きかったのです。

 TSMCやラピダスの巨額投資計画から実行を危ぶむ情報が漏れてきます。半導体の生産を支える人材の枯渇です。半導体の技術進歩は日進月歩どころか秒進日歩の速さです。10年前、世界最高水準の高精細加工技術を誇っていたエルピーダでしたが、今やTSMCやIBMから教えを乞うレベルにまで落ちました。当然ですが、取り残された日本には生産に欠かせない知見の蓄積、高度な技術を持つ人材は消え失せています。人材育成は一朝一夕で取り戻すことができないだけに、TSMCやラピダスが計画通りに実現できるかどうか。首を傾げる半導体の専門家の意見をよく聞きます。TSMCの熊本県の集中立地は、まさにその不安と現状を物語っています。

②「産業」にこだわる無駄

 予想よりも早い第2工場の建設表明は、自動車産業の猛烈な半導体需要についても教えてくれます。カーボンニュートラルに背中を押されて電気自動車(EV)が急速に普及。これに同期して自動運転、ネットとの連携を生かした新機能が一気に広がり、自動車の電機製品化が加速しています。米テスラの運転はまるでタブレットを操作するかのようですが、ホンダとソニーが提携して進めるEVは、ネットを駆使してエンターテインメントを楽しむ車内空間を想定しています。10年後、EVを選ぶ基準は、走行性能よりもスマホやタブレットを選ぶ感覚と同じになるのではないでしょうか。

 自動車は半導体をガブ飲みする機械に変身中なのです。クルマの性能は半導体や人工知能など電子部品やソフトウエアが決めることになるのでしょう。今、私たちが目にしている自動車産業、系列という区切りは、過去の歴史に流される惰性で使っているだけ。EVが本格普及していく過程で、知らぬまに消えてしまう運命です。

③陳腐化する政策の発想

 産業の枠が消えていくにもかかわらず、日本の産業政策は相変わらず昭和の延長線上にあります。日本の産業政策を立案して指揮するのは経済産業省がその先頭に立ちます。経産省出身の首相側近が全権を握ったかのような安倍政権時代ほどではないにしろ、西村経産相のがんばりには目を見張ります。政府が本腰を入れて産業力の復権をめざすのは大歓迎ですが、その発想力です。昭和の高度経済成長期の成功を忘れられない通商産業省の香りを強く感じます。

 例えばラピダス。過去失敗を繰り返した日の丸プロジェクトの残影と重なり、その教訓を生かすことができるでしょうか。すでに日本の電機産業は、かつての有力企業はその輝きを失っています。ソニーは復権を果たしたとはいえ、センサーやゲーム、映画などが事業の大黒柱です。パナソニックはEV用バッテリーに再び注力し始めていますが、世界のトップとの差はまだまだ。

 肝心の自動車産業は、基幹産業として位置づけもあってトヨタ自動車の豊田章男会長の言動に左右されています。エンジンを残すかどうか、系列をどう変えていくのか。産業政策を立案する視点が昭和から引きずっています。半導体を視点にみても自動車の産業の枠が消えているにもかかわらず、自動車などの産業政策の議論は相変わらず枠内に閉じこもってされています。議論の舞台に主役として立つ俳優が昭和のスターのままでは、自動車産業再生劇の結末はもうわかっています。このままでは世界の潮流からさらに外れていく怖さを覚えます。

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