ダイキンの井上礼之会長 名経営者?老害?空調を止めて窓を開けて外の新鮮な空気を吸う時
どんなに優秀な名経営者も長年、それも20年、30年を務めると”金属疲労”が生じます。まして創業家出身はなおさらです。1995年の社長就任以来、キヤノンを率いる御手洗冨士夫氏は30年近く、2009年から15年目を迎える豊田章男氏はその典型例でしょう。保有株式比率がわずかでも、その威光は経営の内実に関わらず、鈍ることはありません。経営の実権を手放さず、”老害”と陰口を囁かれる企業経営者はあちこちでみかけます。
名経営者も金属疲労する
その視線で眺めると、ダイキン工業の井上礼之氏はどう映るでしょうか。1994年に社長就任してから30年間、ダイキンを国内の業務用空調機メーカーから世界ナンバーワン企業へ押し上げました。2002年に会長兼最高経営責任者(CEO)となり、社長職を譲りました。後継社長が健康を害するなど不測の事態もあって短期間で交代したこともありますが、社長職は国内を中心に業務を監督する立場に収斂してしまったのでしょう。井上会長が握る経営の実権に揺らぎはありません。現在は会長兼グローバルグループ代表執行役員。役職名から見ても、ダイキンの世界戦略を指揮する立場だとわかります。
井上さんはある経済誌で自らの30年間を語っています。
グローバルに道を開いていったことが大きいです。私が社長に就いた30年前、海外売上高比率は十数%でした。国内市場には三菱電機やパナソニックといった競合がいましたが、業務用も家庭用もすべて成熟市場になっていました。この市場に人材などの経営資源を投じても売上高は伸びない。それで海外に目を向けたのです。今、海外売上高比率は83%に達しています。
それと、ダイキンには「野人」が多いこともありますね。(笑) =日経ビジネス3月25日号
自らの評価をそのまま鵜呑みにすれば、現在のグローバルグループ代表執行役員という役職を命名したのも理解できます。最後の下りで「ダイキンには野人が多い」とコメントしたのも、井上さんの経営手腕の真髄を表しています。ダイキンに入社後、人事部門が長い管理部門のエキスパートです。新人研修には新入社員とコミュニケーションするのが楽しみだそうです。企業の最高権力者が新人にダイキンの経営哲学、イコール井上氏の経営を注入するわけですから、ベクトルにブレが生じません。これで「野人」が育つかどうか疑問ですが、人心の掌握力はさすがです。
人心掌握力はさすが
自分が新聞社に勤務している時、井上さんと数日間、旅行でご一緒する貴重な機会を得たことがあります。精力的にお話しする姿勢は予想以上で、おいしいご馳走を食べずに会話に夢中になり、せっかくの料理が無駄になってしまうと心配したものでした。旅行先で知り合った地元の人たちともすぐに意気投合します。自然を守るために土地を買い上げる資金を募集する「ナショナルトラスト」に協力して欲しいと頼まれた時も、即決でOKと答えます。企業戦略なら、もっと早いのかもしれません。
経営者の通信簿は数字です。この30年間の業績を見る限り、井上さんは名経営者どころか「中興の祖」と呼ばれるかもしれません。もっとも、1人の実力者が数十年も実権を握っていれば、社内の空気は必ず澱むはずです。名経営者として評されても、社内と社外の見方が異なるのはよくあることです。不平不満や不祥事などが時折、社外に漏れるのは当然ですが、大きな声として広がるのも稀です。社内の様子はよく見えません。
後継社長は秘書室長
2011年の社長交代は社内の空気を読む一例です。社長に就任した十河政則氏は秘書、人事、総務など管理部門が長く、専務執行役員兼秘書室長から昇格しました。人事部門で育った井上氏のもとで長く使えた秘書室長がそのまま社長に昇格。空調機器メーカーで世界戦略を拡大するダイキンであるにもあるにもかかわらず、十河氏は営業や生産の経験がほとんどありません。井上氏と十河氏の親しさだけが社長人事の決定につながったとする見方は否定できません。
ダイキンが井上氏の手のひらでクルクル動いているのでしょうか。ダイキンの現状を経営戦略「FUSON25」が語っています。夢物語は見当たりません。ダイキンがここ30年間ひたすら追い求め、実行してきた技術開発、グローバル展開、環境対応などを軸に綿密に構築されています。
経営戦略は得意をさらに得意に
「得意な技術、得意な販売をひたすら伸ばし、結果を出し、さらに磨きをかける」。この繰り返しです。派手な国際展開など大向こうを唸らせる演出はありません。「得意」を伸ばしていれば、経営効率は常に上昇し、収益も上がります。戦略的な大失敗は避けられます。この繰り返しが30年間。井上会長の個性と呼ばれるかどうかですが、通信簿である決算を見れば優れた経営手腕であることは間違いありません。
井上氏は2024年、89歳を迎えました。ダイキンの躍進ぶりを見れば、誰も老害と呼ばないでしょう。スズキの「中興の祖」である鈴木修さんは「経営者の年齢は7掛け」と呼んでいましたから、その教えに従えば井上氏はまだ62歳。油が載った現役経営者です。しかし・・・。
新陳代謝、世代交代が待ち構える
企業の新陳代謝は避けられません。かつて「会社の寿命は30年」といわれたました。人生100年時代ですから、会社の寿命も50年ぐらいに延びているでしょう。一人の経営者が支配すれば、世代交代、新しい挑戦などはどうしてもブレーキがかかります。タイミングを間違えれば、名経営者もあっという間に老害と呼ばれてしまいます。ダイキンの未来を背負う新しい人材を輩出するためには、社内に新鮮な空気が必要です。そろそろエアコンを一度止めて、外の空気を吸う時を迎えています。