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流通は再びパラノイアの時代「低価格」を守るサイゼリヤの継承者たち(下)

 マクドナルドの藤田田、ロイヤルの江頭匡一、スカイラークの横川4兄弟、モスバーガーの櫻田慧、ドトールコーヒーの鳥羽博道、吉野家の松田瑞穂・・・。1980年代初め、外食産業をリードする個性たっぷりの経営者に出会う幸運に恵まれました。その経営にはパラノイアと呼ばれても、みなさん喜ぶほど熱い魂が込められていました。

 ちょうど飲食店が家業から外食企業へ変貌する時代でもありました。提供する料理が美味しいのは当たり前。いかに迅速に、しかも大量に調理してお客様へ提供するか。掲げるブランドの下に多くのチェーン店が全国展開しても、どの店に入っても味、サービスは同じ。客が安心して食事を楽しめる経営が求められました。

1980年代はローカルチェーン

 当時のサイゼリヤは千葉県を中心に安さを前面に出したイタリア料理店のチェーンで、洋食店「キッチン・ジロー」などと重なる業態でした。マクドナルドやロイヤルなど大手チェーンと違い、ココスなど地域に根差したローカルチェーンの一つと捉え、深く取材した記憶はありません。それだけに、その後の躍進ぶりに目を見張り、存在感がどんどん高まるレストランチェーンとなったことに正直、今でも驚いています。

 サイゼリヤの強さは創業から掲げている「イタリア料理を多くの人が楽しめる価格で提供する」に尽きます。創業者の正垣泰彦さん(現会長)が途絶えた来店客を取り戻すために打った起死回生の価格7割引きがヒット。この成功体験を今も継承しています。メニューを見れば、アイコンともいえるミラノ風ドリアは今も税込み300円の価格で輝いています。1970年代、駅前の立ち食いそばがかき揚げを入れても200〜300円でしたが、今は500円を超えます。もう50年以上も300円を堅持する経営には凄みすら感じます。

企業理念を継承する難しさ

 「言うは易く、行うは難し」。創業者の理念を毎日唱えていても、実際の経営は大きく変わってしまった事例を数多く目撃しています。外食産業の興亡を振り返っても、日本マクドナルド、ロイヤル、スカイラーク、吉野家などのスター企業でさえ経営危機、あるいは経営破綻を経験し、変節せざるをえませんでした。

 ブレないサイゼリヤの経営はごく稀な事例です。成功している理由は、やはり企業理念を継承する後継者にあると考えます。例えば堀埜一成社長。京都大学大学院卒業後、技術者として味の素に入社しましたが43歳の時にサイゼリヤに転職。2009年から13年間、社長を務めました。

 「サイゼリヤって凄いなあ」と改めて確認したのがコロナ禍での出来事です。緊急事態宣言の再発令決定を受け、当時の西村康稔経済再生担当大臣は「ランチ自粛」をほのめかした時です。堀埜社長は決算記者会見で「ランチがどうのこうのと言われました。ふざけんなよ」と発言。企業が大臣に向かって苦言することは滅多にありませんから、かなり話題を呼びました。

 ご本人は後日、「言ったら、おもしろいかな、と関西人ならではのノリで発した言葉」と説明しています。コロナ禍に襲われた外食企業はどこも厳しい経営環境に追い込まれていただけに、社内の悲壮感を一掃するチャンスと考えたそうです。外食企業を管轄する経産省の大臣が唱えことに沈黙せず、ズバリと反論する社風は、杓子定規に考えずに目の前の窮地を突破する爆発力を感じます。

 後日談がもっと面白い。政府が酒類提供の禁止などに言及した際、堀埜社長はもう一度怒るよりも「こういう状況をつくったのは政治家だけなのか。実は我々にも責任があるんじゃないか」と述べたことです。外食産業の実情が政策に反映されない理由は「投票率の低さ」と考え、総選挙で投票に行くよう社員に呼びかけました。サイゼリヤは毎週、アルバイトらを含め約2万人の従業員向けに社長のメッセージを漫画形式で発信しているそうです。

新しい価値は直感と閃きから

 創業者についても、こう述べています。

創業者についても、おそらく新しい価値を生み出す経営者ほど、最初に直感や閃きがあって、それに基づいて動いている。私のサイゼリヤへの入社の決め手となったのは、創業者である正垣泰彦との出会いですが、彼もまた、どちらかというと勘で動くタイプの経営者です。さらに、誤解を恐れずにいえば、経営というのは「思いつき」と「思い切り」がすべてです。MBA(経営学修士)をもっていたとしても、ロジックだけで経営判断や意思決定を行っている経営者は皆無でしょう。世の中には失敗というものは存在しません。起こったことは、すべてがデータとなるからです。厳しい状況も、悪い結果も、要は人間の捉え方次第。いまの状況、いまの結果を、次にどう生かすかを考えなければなりませんし、それを考えるのが経営です。

 創業者の正垣さんが選んだ後継者は、見事に創業の理念を継承していることがわかります。現在、サイゼリヤを率いる松谷秀治社長も同じです。国内事業がやっと赤字から黒字へ転換した決算の記者会見で「値上げしない方針は変わっていない」とブレがありません。しかし、守るだけではありません。メニューや経費管理を常に見直して客単価を高め、コスト上昇を抑制する変化も怠りません。

 営業利益の8割も占める中国を中心とするアジア事業でも同じです。中国の低迷する国内消費について「一部で日本のバブル崩壊後のような状況がみられる。低価格が受けて既存店が伸びている」と松谷社長は説明し、日本同様に値上げは実施していません。「ミラノ風ドリア」は18元と日本円で360円。中国でも低価格が客数の増加を支えています。

物価高騰と低価格の板挟み

 1996年に出版された「パラノイアだけが生き残る」の著者、半導体大手インテルCEOだったアンドリュー・グローブは、時代の変化を読み取り、大胆な変革に挑む企業には偏執狂とも言える熱狂的な思いが必要と強調しています。時代の変化に惑わされずに、自社の強さと弱さと解析して「捨てるもの」と「守るもの」を見極めるのだと言います。

 この30年間、GDP、年収が事実上ゼロ成長だった日本経済がインフレ経済に突入しています。値上げラッシュが続く中で、消費者は当然、低価格を求めます。物価高騰と低価格の板挟みにある流通業が生き残る経営戦略はどこにあるのか。経営者、管理職、従業員が一丸となって立ち向かうパラノイア経営だけが正解を見い出せるのかもしれません。

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