大幅賃上げだけじゃ不足「下請けいじめの根絶」が日本の活力・中小企業を強くする
今年も春闘が始まりました。経団連に加盟する大企業はここ数年、政府に背中を押されて相次いで5%を超える大幅賃金上げを表明。長らく続いた3%程度の賃上げ水準は底上げしています。しかし、実情は上げ底。事業所の99・7%を占める中小企業は4%程度に留まり、大企業と中小企業の格差は1ポイント程度も。優秀な人材は年収や福利厚生などで劣る中小企業に見向きもせず、大企業に流れてしまいます。大幅賃上げだけではまだまだ不足。日本経済の活力源である中小企業が息を吹き返すためには、大企業が優位な立場を利用して利益を掠め取る「下請けいじめ」を根絶するしかありません。
大企業の賃上げは7%が軸
2025年春闘の相場は大企業の場合、賃上げ率7%が軸になっているようです。昨年の春闘は5%を超えたため、人材確保を念頭に7%超の賃上げ率を表明せざるを得ないのでしょう。サントリーは半年前の2024年9月にベースアップと定期昇給を含め3年連続で7%程度の賃上げを行う方針を明らかにしています。野村証券は、管理職ではない若手を対象に7%程度を引き上げます。24年も入社3年目までの若手社員の賃金を平均16%も増やしています。
流通大手のイオンはグループ全体の約42万人のアルバイトやパート従業員を対象に7%賃上げします。家電量販店のノジマは2025年1月から全従業員約3000人に対し月額1万円をベースアップしました。賃上げ率で7%を超えるそうです。製造業などに比べ年収が少ないといわれる流通業でしたが、人材確保の激化に対応して賃上げ率を引き上げ動きが続きます。
人材確保競争で初任給も大幅アップ
初任給の引き上げも相次いており、30万円台が当たり前になるようです。大和ハウス工業は新卒の初任給を一律10万円引き上げて35万円に、「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは初任給を30万円から33万円に引き上げます。三井住友銀行も2026年4月入行の大卒社員の初任給を30万円、東京海上日動火災保険は最大41万円を想定してします。大成建設、西松建設でも30万円。
もっとも、大企業が賃上げと初任給を大幅に引き上げても日本経済の活力は蘇りません。企業の人材確保の競争で有利に働きますが、消費拡大など経済の波及効果はどこまで期待できるか。大企業の給与体系はすでに能力や成果などが反映する仕組みになっており、賃上げ率や初任給の引き上げがそのまま手取り金額を増やすわけではないからです。大企業の賃上げ率や初任給の引き上げ競争は結局、目先の人材確保策にしか映りません。
政府や経団連、連合が唱える大幅賃上げが日本経済の活性化が目的であるならば、中小企業の給与や福利厚生面を引き上げることに注力すべきです。大企業に比べ優秀な人材の確保が難しいため、新製品の開発・販売、新分野への挑戦などでどうしても劣勢に。ユニークな技術やアイデアが手元にあっても、企業財務面で設備投資する余力がありません。なぜ余力を持てないのか。答えは簡単。大企業が優位な立場を利用して厳しい取引条件を強いる、いわゆる「下請けいじめ」にあります。
優秀な中小企業がもっと稼げる風土に
基幹産業である自動車を例に見ると理解できます。トヨタ自動車が5兆円を超える利益を稼ぎ出しても、その重要な部品を開発・生産するのは系列下の中堅・中小企業です。ミクロン単位の精度で大量に、しかも高品質の部品を開発・生産できなければ、トヨタブランドの自動車は生まれません。
ところが、系列というピラミッド構造の傘下にある下請け企業は、1次下請け、2次下請け、3次下請けと下るにつれて利幅は薄くなります。頂点に立つトヨタ自動車からみれば、「大量の仕事を発注する担保があるから安心して企業経営できる」という論理がありますが、優秀な中小企業であっても利益率が低いため、系列以外の仕事に手を広げられないのが実情です。
この30年間、日本経済が青息吐息である大きな理由は、新しい産業育成に失敗しているからです。1980年代、自動車、電機、半導体などで大成功を収めたものの、電機と半導体は世界競争に敗れ、今や残っているのは自動車ぐらい。その自動車もカーボンニュートラルの波に洗われ、エンジン車からEVへの移行で欧米や中国などに出遅れています。
蔓延るビジネスの因習を根絶
世界でも抜きん出ている日本の中小企業を活かすためには、「下請けいじめ」を根絶するしかありません。適切な取引条件で手にする利益を元手に中小企業、あるいはスタートアップ企業が飛躍できるビジネス風土に切り替えるのです。大企業が下請けから利益を巻き上げるビジネスの因習を根絶し、優秀な技術や生産力があれば、トヨタに劣らない高収益を稼ぎ出すことが当たり前の日本にするのです。優秀な人材は自身の夢を叶える中小企業に入り、将来は起業するでしょう。
半導体関連のディスコが好例です。英エコノミスト紙が2024年、半導体のエヌビディアと並ぶ優秀な経営者としてディスコの関家一馬社長を高く評価しましたが、日本には「第2の関家一馬」があちこちにいます。努力と才能を発揮できる中小企業が増えれば、自然と日本から世界へ飛翔する企業が増えます。