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さて問題;トヨタが日本を脱出したら日本の産業は?トヨタはテスラに勝つチャンスかも

 個人の言葉尻を捉え、あげつらう気は全くありません。問題提起として受け止めました。トヨタ自動車が日本から脱出したら、日本の産業はどう変貌するのか、そしてトヨタ自動車は海外で存続できるのか。一度は考えてみたいテーマでした。それをトヨタの豊田章男会長が提起してくれました。このチャンスに「頭の体操」を楽しんでみます。

「ジャパンラブの私が日本脱出を考えている」

 朝日新聞が7月18日付で豊田会長の発言を伝えました。長野県茅野市の聖光寺で開かれた交通安全祈願の催しの後、豊田会長は次のように話しました。

「(自動車業界が)日本から出ていけば大変になる。ただ今の日本は頑張ろうという気になれない」

「ジャパンラブの私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」

「日本のサイレントマジョリティーは、自動車産業が世界で競争していることにものすごく感謝していると思う」

「業界の中の人にも感じるような、応援はぜひいただきたい」

 豊田会長の発言の背景には、トヨタ自動車に対する風当たりの強さがあります。自動車の生産に欠かせない「型式認定」で不正が発覚したほか、この2年間に日野自動車、ダイハツ工業、豊田自動織機のトヨタ系列を代表する企業でも不正認証が続いています。なぜトヨタグループで多発するのかを疑問視する声が高まっています。

 豊田会長のガバナンスに対する批判も高まっています。相次ぐ不正行為について、トヨタグループを率いるリーダーとしての取り組みが問われているのです。ガバナンスへの不安は数字でも表れています。2024年6月に開催した株主総会で豊田会長の取締役再任を支持する投票率は71%とかつてないほど低い結果に終わりました。

不正認証などでトヨタの風当たりは強い

 憤慨する気持ちはわかります。日本経済の基幹産業、そしてトップ企業として頑張っているのに評価してくれない。新聞などメディアは批判ばかりする。朝日新聞の記事では「報道陣らにも『強い者をたたくのが使命と思っているかもしれないが、強い者が居なかったら国は成り立たない。強い者の力をどう使うかを厳しい目で見るべきだ』と述べ、『自動車業界の声としてお考えいただきたい』と話した」と胸の内を率直に語っています。

 「私が日本脱出を考えているのは本当に危ない」も第三者のような語り口になっていますが、トヨタを巡る論調にうんざりして海外に移りたい気持ちを述べたのでしょう。

 「型式指定」の不正についても触れています。豊田会長は「認証業務ひとつとっても誰ひとり分かっている人がいない」という社内の現状を説明し、改めて研修会を開催しているそうです。トヨタは世界で一番自動車を生産し、販売している会社です。「認証業務ひとつとっても誰ひとりわかっている人がいない」と言ってしまったら、生産はすぐに中止するしかないです。ドライバーや乗客の安全を守るのが仕事ですから。

 そんな窮状に嫌気をさしたトヨタが日本を脱出したら?これまでお目にかかったことがない視点だったので、考えてみました。

日本経済は大打撃を受ける

 単純に考えれば、もう大変です。売上高が45兆円。日本のGDPは600兆円近くですから、トヨタ単体だけで日本の7・5%も占めます。系列大手には日野、ダイハツ、デンソー、アイシン、豊田自動織機など優良企業が名を連ねていますから、グループ合計で見れば日本のGDPの10%を占めるでしょう。万が一、ズボッと抜けたら、日本経済は不況に突入するでしょう。

 トヨタグループと取引する下請け企業も見落とせません。帝国データバンクによると、4万社を超えます。自動車はエンジン、シャーシー、車輪、タイヤー、電気など広範囲な技術と部品で構成されていますから、日本の産業全体を網羅します。中小企業から大企業まで底辺が大きい産業ピラミッドを形成しています。自動車部品は3〜5万点あり、いずれも大量生産しながらも、精緻な品質を守る日本の製造業の強さを体現しています。トヨタが日本から消えれば、日本の製造業が足元から揺らぐのは確実です。

 トヨタ本体はどうでしょうか。2023年は世界で1000万台以上を生産しており、このうち日本は340万台と全体の34%も占めています。ダイハツや日野を加えれば日本で430万台。日本での生産をゼロにした場合、米国や欧州、アジアで300万台程度を振り分けて生産するのはちょっと難しいかなと思います。縮小均衡は避けられません。

トヨタも収益面で大打撃

 収益面ではもっと大打撃を受けます。2024年3月期は5兆円を超える営業利益を稼ぎ、大きな話題を巻きましたが、この65%に相当する3兆4862億円は日本で稼ぎ出しています。前期比45・4%増です。ところが販売台数は199万3000台、前期比3・7%減。販売台数が前年割れしているのもかかわらず、大幅な利益増を果たしました。日本で新技術や主要部品を開発、生産していることが貢献しているはずです。

 トヨタが本気で海外へ脱出するためには、日本の機能を移転する必要があります。可能でしょうか。その一例を現地調達比率で見てみます。トヨタなど日本車メーカーは貿易摩擦や為替相場など政治経済の変動要因に念頭に工場が立地する国で部品を現地で生産し、組み立てています。雇用などで現地の経済に貢献する必要があるからです。

 米国の場合、エンジン、ミッションなど動力源を生み出すパワートレインの工場は1990年代に75%にまで高めています。車の走行性能を決める最重要な駆動装置を組み立てるため、部品に求められる精度も高く、トヨタ系列も含めた日系メーカーが供給体制を整えている証拠です。日本自動車部品工業会の調べによると、2021年時点で現地調達率は70〜80%に達しています。完全な海外移転を前提にした場合、現地調達できない残る20%をどうするかが大きな課題になります。

 これまでの「頭の体操」でわかったことを総合すると、トヨタが日本脱出するのはかなり難しいことがわかります。日本経済にとって大きな打撃を与えるのはもちろんですが、トヨタは現在の世界一の座を守るのはかなり厳しくなります。収益面で大幅な縮小均衡を経験しながら、脱炭素に向けたEV(電気自動車)の開発競争、自動運転、人工知能などの高度化といった競争に乗り切れるかどうか。

エンジン車を捨てEV特化で再スタート?

 完全な脱出が不可能とは思いません。エンジン車を捨て去り、EVに徹することです。従来の収益構造の常識を捨て去り、部品調達も含めて新たに全て再構築する。トヨタ系列の縛りも解きます。電機モーター、バッテリーなど国際競争の場で調達し、EV生産に特化するのです。現在の財務状況なら、3年もあればEVメーカーとして再スタートできるのではないでしょうか。米テスラや中国BYDなどができたのです。テスラをあっという間に追い抜くチャンスです。

 日本経済にとってもトヨタの海外移転は猛烈な劇薬ですが、新たな改革、挑戦に向かうきっかけになります。第二次世界大戦の敗戦後、日本はゼロからスタートしました。今回はトヨタが抜けた分を補うだけです。空いた穴はかなり大きいですが、企業に事業構造の変革を促すチャンスです。

 トヨタの日本脱出。まんざら悪い話でもなさそうです。でも、トヨタが日本脱出する覚悟があればの前提です。果たして世界一の座を捨て、新しいトヨタ創造に挑む蛮勇はあるのでしょうか。日本国民にとって、長年の「天に唾するテーマ」です。笑えません。

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