「どうする家康」トヨタの新車戦略と情熱、ドンキに見えてきた
久しぶりに「見まごう」という言葉を思い浮かべました。トヨタの自社メディア「トヨタイムズ」のテレビCMです。驚安の殿堂「ドン・キホーテ」のチラシと勘違いしそうでした。
テレビCMをドンキと見まごう
文章の流し方、字体、そしてキーワード。すべてが熱い。情熱の一言に尽きます。ドンキ風に仕立てれば「ド情熱価格」ならぬ「ド情熱トヨタ」となるのでしょうか。
そういえばトヨタイムズの前編集長の香川照之さんも熱いキャラクターで演じていました。トヨタイムズを立ち上げた社長の豊田章男さんのクルマに対する思いが込められているからだと推察します。若者のクルマ離れが言われ続けており、自社のネットメディアで若者の熱い思いを引き寄せたいと考えているのでしょう。
新車戦略が圧縮陳列に
トヨタとドンキが思わず繋がってしまうには伏線がありました。ここ数年の新車戦略がドンキの名物「圧縮陳列」に似ているのです。
圧縮陳列は価格の安さだけでなく、商品をわざと狭い空間に押し込めるように並べ、購入するお客が欲しいモノ、面白いモノを探し当てるエンターテイメントを創出したものです。一見、どこに何があるのかわからない。熱帯樹林の中を分け入って目的地に到達する冒険を楽しむのです。
ドンキの強さは安さと探し出す遊び心
見事、若者の心を掴みます。価格の安さは必須ですが、きれいに陳列されたデーパートやスーパーがまるで気取った風に映り、なんとなく入りづらい空気とは違い、自分の部屋に戻って探し物をする感覚を体感します。トヨタの品揃えでドンキの圧縮陳列をなぞるのは、若い自動車ユーザーを掘り起こすアイデアとしてはアリでしょうね。
ただ、新車の場合、圧縮陳列の副作用は無視できません。トヨタは世界でも最も品揃えの多い自動車メーカーですが、それぞれのクルマが狙うターゲットは定まっており、自社の車同士が競合しないよう開発、販売してきました。ところが、最近はお客が選ぶのが困るほどコンセプトが重なる新車が現れた気がします。
新車販売には見逃せない副作用も
例えばクラウン。2022年9月に16代目が発売されました。1955年の誕生以来、車型はセダンだけでしたが、新たにクロスオーバー、スポーツ、エステートの三種類が加わります。
クラウンは昭和の頃、「いつかはクラウン」と言われるほど憧れの的。1990年代は月間1万台平均で売れていました。トヨタの新車はクラウンを頂点に顧客層を設定し、「カローラ」などで裾野を広げ、全体の販売台数を押し上げてきました。頂点に立つクラウンの牽引力は並外れています。モデルチェンジの噂が流れると、販売店には早期予約の問い合わせが殺到し、当面は完売状態に。顧客と販売店の強い結びつきは他社が羨むほど。
令和の新型クラウンは昭和の栄光を手放す
しかし、16代目から風景が変わりました。まず月販目標は3200台。昭和、平成、令和と時の流れとともにセダンは退潮、使い勝手の良いSUVが主役になっています。目標値を下げるのはしかたがありません。
発売当初の爆発力も消え失せました。車型は4種類に増えましたが、9月の発売当初はクロスオーバーだけ。半導体不足など諸般の事情で生産が思うように進まず、残る3車型が順次投入されていく計画のせいもあって、芳しくありません。発売済みのクロスオーバーを例に見ると、2023年2月のリコールされた対象台数は4303台。「えっ」と聞き返しそうな数字です。
北海道の販売店スタッフが苦笑いしていました。「車型が4つに増えても、販売の主力は雪道に強い4WDだけ。これまでセダンを買ってきたお客様も困っています」。
レクサスとも競合
しかも、新型クラウンはトヨタの高級ブランド「レクサス」とまともに競合します。販売系列店が違うので「トヨタ同士の競合はない」というものの、価格帯も含めて狙う顧客層とかぶるのは確実。
「若者を取り込みたい」。新型発表の際、豊田章男社長はこう強調しました。クラウンの顧客層の年齢が高いことを念頭にセダン以外の車型を増やした理由です。だからこそトヨタイムズがドンキの広告宣伝に似てしまう。道理です。でも、400万円以上もする高価格帯に手が届く若者は限られます。レクサスのSUVと見比べて決定するお客が多く、富裕層が大半を占めるはずです。
トヨタのドンキ化はクラウンだけで済みそうもありません。2023年1月に発売されたばかりのプリウス。「環境に優しいクルマ」として登場したハイブリッド車の象徴です。これまでのイメージを踏襲しながら、より先鋭な車体デザインに仕上がっています。
プリウスも他ブランドと競合
ファミリーカーとしての使い勝手はどうでしょうか。試乗記でも指摘されていますが、フロントから運転席までシャープに切り取られていますから車内空間は以前より窮屈と感じるようです。走行性能やデザインは優れていても、プリウスを購入する層はスポーツカーを欲しているわけではありません。
新型プリウスを格好良いと考える客層はコンセプトが近い「アクア」や「ヤリス」も一緒に見比べる気がします。新型プリウスは価格や顧客層を引き上げているようですから、レクサスの小型車とも被るでしょう。
どうしても「コロナ」を思い出してしまいます。1957年からトヨタの中型車として人気を集めた名車です。しかし、割安で使い勝手の良い小型車「カローラ」が次第に”高級化”する一方、クラウンの”安価版”である「マークⅡ」などヒットした結果、両車に押し出されるように、2001年に消えたブランドです。
ブランド名が違っても同じコンセプトのクルマがずらりと並べば、どれかは消えるしかない。ブランドの新陳代謝はやむを得ませんが、当時はあれだけのブランドを捨てるのはもったいないと感じました。
クラウン、プリウスのてんこ盛りはもったいない
クラウンもプリウスも一つ一つは素晴らしいクルマです。時代を画した名車が他のブランドと一緒にてんこ盛りになって売られるのが、果たしてトヨタの戦略として適切なのかどうか。クルマ市場が伸びている時期ならともかく、足踏み状態のなかで圧縮陳列しても、共食いするだけ。
ドン・キホーテの成功は、ターゲットをしっかり定め、遊び心で気軽に買える価格設定しているからです。売り上げ不振のスーパーなど量販店が撤退した跡に進出しても、従来の店舗に飽きた購買層をかき集める吸引力を蘇らせる巧みな戦略を見逃すわけにはいきません。ただ、てんこ盛りしているわけではないのです。
「どうする家康」は狙いが外れ、視聴率低迷
比較するのもどうかと自分でも首を傾げますが、NHKの大河ドラマ「どうする家康」の二の舞は避けてほしいです。高齢化した視聴層から若い視聴者層を取り込む狙いで、人気タレント、歴史考証を飛び越える斬新なストーリー展開となっていますが、現在のところ、見事に狙いを外して視聴率は低迷しています。
トヨタは十分に強い。世界一の自動車メーカーです。その強さを新たな冒険に注ぐのは好きですが、その熱い情熱を振り向ける先が違っている気がします。電気自動車(EV)、燃料電池、ハイブリッド、ガソリン車すべてに手を広げるのは構いませんが、トヨタが何をお客へ提供しているのかをもう一度確認し、見極めてみたらどうでしょうか。素晴らしい車が圧縮陳列されていても、何百万円も払うお客は困ってしまいます。
お客の顔を見ているのか、それとも社長の顔か
もっとも、開発責任者がお客目線で新車を開発しているがどうか疑問を感じる時があります。クラウン、プリウスいずれの新車発表会の記者会見で社長ががOKするかどうかについてに触れていました。「社長の顔を見ながら開発しているんだ」と驚きました。「ありえない」と信じていますが、お客の顔を忘れた自動車メーカーに未来はありません。