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富士山のふともはトヨタシティに

最強トヨタ、裾野市で人工都市ウーブンシティを実験するが、自らの弱さが浮き彫りに

 トヨタ自動車が富士山の裾野で人工都市を建設し、新しいモビリティ(移動体)や生活インフラの実験するそうです。2021年2月23日、静岡県裾野市の工場跡地(約71万平方メートル)でウーブンシティ構想に着手しました。豊田章男社長が2020年1月のCESで「未来都市に人々が生活しながら自動運転やモビリティー・アズ・ア・サービス(MaaS、移動のサービス化)、スマートホームコネクテッド技術、AIなどの技術を実証する」と趣旨を説明したそうです。それから一年後に着工です。ものすごいスピード感ですね。

人工都市の実験成果はどの程度の社会的成果に

 この構想を知った時、ふと浮かんだのは自動運転や人間生活を織り込んだ複雑極まりない実験を人工都市で実施して成果があるのだろうか?でした。とても素朴な疑問です。しかも、都市には将来トヨタ系列の従業員を含む2,000人以上が住民として暮らすそうです。NTTなど通信やITの大手企業が参画しますが、いずれも日本最大級の企業トヨタと深い取引関係があります。実験とは確か中立的な事象の積み重ねで結果を検証し続けなければ、得られる成果に?がついてしまいます。

 トヨタは人工都市を「ウーブンシティ」と呼んでいます。ウーブンとは英語のweave(織り込む)の過去分詞・形容詞で、多種多様な人間行動を最先端の技術と見識を織り込み、未来を具現化する挑戦への気概を示したのだと思います。豊田章男さんは自動車産業の未来に対する強い危機感を持ち、強いリーダーシップで進めています。危機意識を持ちながらも現状打破ができない経営者が多い中、傑出しています。異論はないでしょう。

 人口とししかし、豊田章男さんの意気込みとは裏腹にトヨタの企業体質が足かせになるのではないかと危惧してしまいます。過去、強い個性を持つ歴代社長が並びますが、番頭さん以下の経営幹部は「社長の命令は社長の命令」と受け止め、実際は現場の意見を十分に聞き取り、最終決定してきたのが最強トヨタを創り上げた原動力です。その代表例がカンバン方式です。「わからないことがあったら現場に聞く」が徹底された会社でした。

トヨタの社員なら実験の空気を読んでしまう

 ところが残念ながら「右向け右」がそのまま通る過去もありました。創業家出身者が社長に就任すると、「イエス」という答えしか持たない経営幹部が現れます。答えは社長に聞く、カンバン方式とは逆方向です。パーティの席順やCMの出演するタレントなどが一言で変わったことがあったそうです。創業家が力を持つ大企業でもたびたび目にします。実際、取材を通じてトヨタが日産自動車よりも先に大きく揺れ動くのではないかと心配した時期は確かにありました。

 豊田章男さんの強いリーダーシップの下で進められているウーブンシティ 構想の場合はどうでしょうか。企業系列の従業員が一部とはいえ都市住民として参加し、主要取引先がテクノロジーの検証に携わる。何が起こるかわからない人工都市の実験が迷路に入った時に果たしてどう対応するのか。狙ったデータと異なる数値結果が出てきたらどうするのか。

 トヨタ系に勤める市民は上司の意向を一瞬思い、自分の思いに忠実のまま自由に考え行動するのでしょうか。実験に参加する企業は日本最大の製造業であるトヨタの意に反するような実験や結果をそのまま出せるのでしょうか。実証実験で最も恐れなければいけない有為な操作がウーブンシティ構想の価値を下げる可能性は否定できません。最先端の技術を集合させた壮大な実験が緻密にパーツを集合させた予定調和のデータで構成されたとしたら、とても残念です。

 トヨタとは取材を通じてもう30年以上のお付き合いになります(向こうは付き合っていると思っていないかも知れませんが)。豊田英二さん、豊田章一郎さん、豊田達郎さん、奥田碩さんら歴代の社長、経営幹部の皆さんからお話を伺う機会を持ち、そのころは豊田章男さんが帝王学に励んでいる時と重なります。だからこそ巨額資金と優秀な人材を投じて立ち上げた構想の成功を祈りながらも、最強トヨタが最も注意しなければいけない弱さを外野から指摘したいと思いました。

 もう一つの疑問は人工都市を使った社会実験はどこまで意義があるのか、です。価値がないわけはありません。しかし、多くの経済学者が経済学は科学ではないと指摘していることからわかるように人間社会を理論化するのは大変な難問です。経済学者一人ひとりによって人間の経済行動を分析する視点は異なるので、人間の行動、考え方を科学的に評価し、理論化するためには無限ともいえる変数を解析しなければいけません。

 ウーブンシティ構想のトヨタならではの特異性を踏まえれば、この未来都市で開始される実験に遠心力が加わり、われわれが暮らす実社会の理論化はさらに遠のくのではないかと心配です。

むしろ福祉などを目的に自動運転の実験を

 北海道のあるトヨタ系ディラーの社長が自らの構想をこう語ったことがあります。少子高齢化が日本で最も早く進んでいる北海道の中堅都市で自動運転を含めた移動体実験を繰り返して福祉活動や実生活でクルマがどの程度有効なのか、あるいは不必要なのかを見極めたい、と。

 地味に映るかもしれませんが、クルマが世の中に残る価値は何かを探る視点だと感じました。この構想を実現するためにはトヨタの指導力がなければ、自治体や住民の合意をまとめ上げ、必要な技術とソフトウエアを集めることはできません。当然、かなりの投資額になるでしょう。人工都市を建設する必要があるのでしょうか。すでに北海道などで高齢者の生活や福祉サービスに不安が生じているが市町村が実際に存在しているのです。

 そこでの実験こそ最新技術の可能性を試す王道であり、近道です。もっとも、ウーブンシティの建設は東富士工場の閉鎖に伴う新たな事業創出と雇用を生む目的が込められているのなら別ですが。

 トヨタには自動車産業は存在そのものが消える日が近づく危機感が充満しているはずです。かつてはトヨタや日産自動車など完成車メーカーを頂点とした産業ピラミッド構造を形成して、これが軍団のように一丸となって欧米の自動車メーカーとの競争力を高めてきました。

 しかし、テスラ のようにあたかもiPhoneを生産するかのように電気自動車を組み立て、EVのトップランナーとして躍り出る時代になりました。といっても熟成した技術を使って優れた製品を丁寧に仕上げる特性は日本の産業が最も得意とするものです。性能はもちろん故障しないという信頼性と共に”製品”と生活できる総合的な競争力について日本はまだ望みが十分にあります。

 人間、資源などを無駄に消費しないSDGsの趣旨に答えられる技術と見識が日本にあります。今は何度目かの産業革命を迎えているからこそ大胆な挑戦は必要です。しかし、自らの強さと弱さを知ってその強さをどう伸ばしていくのかが最優先されるべきです。優れた製品は技術の寄せ集めでは完成しません。富士山のように日本の頂点に立つ企業は、海抜ゼロメートルからもう一度自らの強さと弱さを再確認して欲しいです。今まで気付いていない自分の姿が見えてくるはずです。

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