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トランプ大統領、EV支援を廃棄 対中国の経済安保で劣勢に、半導体の二の舞に

 トランプ大統領が電気自動車(EV)の購入支援策を9月に打ち切ります。2025年1月の就任以降、バイデン前大統領が進めてきた4年間の政策を180度逆回ししている最中ですが、EVの購入支援策も低所得者が対象に社会保障などをバッサリ削る「One Big Beatiful」法案の柱として組み込まれました。脱炭素に懐疑的なトランプ大統領ですから、EV支援策の縮小は予想していましたが、巨額献金で大統領選を勝利に導いたイーロン・マスクとの決裂も手伝ってか、マスクが経営するEVメーカーのテスラに大打撃を与える狙いもあるのでしょうか。

EV購入に7500ドルの税控除

 米政府のEV購入支援策は最大7500ドルの税控除を与える内容です。日本円で100万円超ですから、日本の補助金より優遇されています。バイデン前政権が2022年8月にスタートさせ、2032年まで継続する予定でした。米国のEV新車は平均5万7700ドルで、ガソリン車の4万8100ドルに比べ9000ドル程度高いそうです。最大7500ドルの税控除はEVの割高感をほぼ消す力があります。

 米国のEV市場はテスラが世界に先駆けて開拓したものの、欧州よりも出遅れており、米国の新車販売に占めるEVの比率はまだ1割以下。ガソリン車との価格差を解消する優遇策がなくなれば、販売は一気に落ちるかもしれません。トランプ大統領は EVの購入支援策について「新たなグリーン詐欺は終わりにする。EVの義務化はバカげている」と罵倒しているぐらいですから、購入支援策は9月末で打ち切るでしょう。

TACOもあって先行きは不明ですが・・・

 といっても、慌てることはありません。このまま打ち切りが長期化するどうかは疑問です。トランプ大統領が打ち出す政策は相互関税を筆頭に右に左に大きく振れており、「TACO」という蔑称すら生まれています。「TRUMP ALWAYS CHICKENS OUT(トランプ氏は常にびびって退く)」の頭文字から取った造語で、米大統領をチキンと呼ぶぐらいですから結構、激辛。

 EVの購入支援策の打ち切りについても「中国との競争で敗れれば、未来はない」とフォードのジム・ファーリーCEOが警告しています。世界トップクラスのEVメーカーであるテスラのみならずGMやフォードなど米国の自動車メーカーもEV開発に巨額投資しており、目の前からEVの新規需要が消えてしまったら、収益が吹き飛んでしまいます。

 ただでさえ米国の新車市場は先行きが読めない状況です。相互関税で日本や欧州の輸入車が割高になる公算ですが、だからといってGMやフォードの米国産エンジン車の売れ行きが急上昇するとは思えません。GMやフォードも多くの輸入部品を使っており、相互関税の影響から逃れることができないからです。一連のEVに関連する政策の最後の落とし所はどうなるのか。興味があります。

 断言できることはあります。EVの購入支援策の打ち切りは愚策です。今さらトランプ政権に対し地球温暖化への悪影響をどう考えるのかを問いただしても、時間の無駄であることはわかっています。トランプ政権が打ち出した「気候変動対策」をみても、CO2など温室効果ガスを削減する考えが全くないことは明らかです。太陽光や風力を使った発電所を建設した企業に対する税額控除期間を短縮するのに対し、石油や天然ガス、石炭の採掘に関する優遇措置を新設するのです。「ちゃぶ台返し」とはこのことか。苦笑するしかありません。

愚策と断言

 愚策と断言できるのは、トランプ大統領が最重要政策と考える対中国の安全保障戦略に大きな損失を与え、半導体の二の舞を演じるのが確実だからです。

 中国は欧米に対抗できる軍事力、経済支配をめざして、すべての電子製品に必須な半導体で世界制覇をめざし、政府と民間が一体となって巨額の設備投資を継続しています。すでに太陽光、無人機のドローンで世界市場を押さえた実績があるだけに、米国、欧州、日本はようやくあわてて結束して、最先端の半導体技術の開発・生産で主導権を奪還しようとしています。

 中国は、EVも太陽光、ドローン、半導体に続く世界制覇の戦略として位置付けています。BYDなど中国のEVメーカーは、政府の支援を受けて駆動系やバッテリーなど基幹部品を大量生産し、車両の生産コストを大幅に下げて安価なEVを販売しています。テスラはじめ欧米、日本のEVは価格競争でまともに闘えず、BYDなど中国勢は欧州やアジアでの販売を急速に伸ばしています。

 フォードのCEOが警鐘を鳴らす通り、政府の購入支援策がなければ中国製EVに太刀打ちできないでしょう。電気や水素などを利用した新エネルギー車の開発でも中国勢に先行されたら、近い将来半導体よりも巨額の投資を使って巻き返すハメに追い込まれます。

米国のEVが世界制覇する夢の方が楽しい?!

 トランプ大統領にとっても脱炭素がどうのこうのと目くじらを立てるよりも、税控除などの支援策を利用して自動車メーカーを経営支援し、米国が世界のEV市場で君臨する夢を思い描いた方が楽しいと思います。対中国でEVを後追いで建て直すなんて、最重要視する経済安保に余計なカネを使うだけ。今やめた方がマシと気づいたら?

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