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破壊と内部告発を変革の力に①1人の内部告発が世界の情報社会を支配するSNSを揺るがす

 米週刊誌「タイム」は毎年末、恒例の特集「Person of the Year」を編集します。2022年はウクライナのゼレンスキー大統領。ロシアの侵攻に対し、劣勢の自国を率いて世界に支援を訴え続けるリーダーシップの素晴らしさ。ふさわしい人物です。

22年はゼレンスキー大統領

 ゼレンスキー大統領はSNSをフルに使って世界に向かって情報を発信し続けています。米国の前大統領のトランプ氏がツイッターで真偽がわからないツブヤキ情報を流していたのと対照的に、ゼレンスキー大統領は動画に自ら登場し、力強い言葉を発し続けます。SNSを使っているのといっても、雲泥の差ですね。

 そのSNSに大きな警鐘を鳴らしたのがフランシス・ホーゲン。ツイッターと並んでSNSの世界を主導するフェイスブックの内幕を内部告発した女性です。2021年、ホーゲンさんは数万ページに及ぶ大量の内部文書を公開しました。

 内部文書には、フェイスブックが10代の若者のメンタルヘルスにどう被害を与えているか、あるいは誤った情報がどうのように拡散しているかなど広範な問題が記録されていました。フェイスブックがSNSの重要なインフラでありながら、会社として本来なら解決しなければいけない問題を放置していることを明らかにしました。

 実は2021年の「Person of the Year」に選ばれたイーロン・マスクより3週間前にタイム誌の表紙を飾っています。イーロン・マスクさんは説明不要でしょう。電気自動車(EV)のテスラで世界の自動車市場を大きく揺るがしたDisruptor(破壊者)として知られています。ホーゲンさんの表紙の扱いは「Person of the year」のイーロン・マスクさんと同じ。掲載時期がかなり近いので事実上、「Person of the year」と評価しているのでしょう。

 2022年はフェイスブックのみならずツイッターの経営が大騒ぎとなり、その主役として登場したのがイーロン・マスクさん。偶然にしても、2021年末に表紙を飾った2人が22年も話題の中心にいます。タイム誌の慧眼に敬服します。

ホーゲンさんはフェイスブックのwhistle blower

 タイム誌はホーゲンさんを世界中で有名になった「whistle blower(ホイッスル・ブロワー 」と表現しています。whistle blower は口笛を吹き、問題を知らせる人と言い換えれば良いでしょうか。日本語の訳は、不正を告発する人。米国での使われ方をみていると、組織などの不正を外部に知らせる内部告発者は、勇気ある人物として尊敬の念を強く込めてたたえています。

  Whistle blowerは1972年、消費者運動のリーダーとして知られた米国のラルフ・ネーダーが使い始めました。サッカーなどスポーツのレフリーは反則すると笛を吹きます。同様に企業や公的組織などが不正や他人を傷づける行為を犯した場合、笛を吹く行為として定義づけました。

 内部告発は当時、米国でも否定的な行為と受け止められていたそうです。ネイダーさんは自ら主宰する雑誌を通じて自動車メーカーの不良や故障を告発していましたが、より幅広い情報提供を呼びかけるため、社会を改革する積極的な行為としての意味合いを持たせて「whistle blower」を選びました。

内部告発はまだ尊敬の対象ではない

 内部告発という言葉、日本ではまだ歓迎される行為と受け止められていません。日本の社会は周囲と一緒に結束して作業、生活する農村が基盤です。戦国時代から支配階級にあった武士も忠義が基本。自分が所属する組織と同調することが当然視されています。最近では同調圧力という言葉が盛んに使われますが、いずれにしても日本では不正や過ちを外部に通報することが尊敬に直結していません。

. もちろん、日本以外でも内部告発には勇気が必要です。内部告発者を保護する法律が制定されています。それでも米国が1989年、英国で1998年、日本は2004年です。つい最近の出来事です。

 だからこそタイム誌はホーゲンさんを表紙を飾る人物として選んだのでしょう。フェイスブックは当初、意味不明な内部告発と否定していましたが、ホーゲンさんは米議会の公聴会などでフェイスブックが内部に抱える問題点を暴き続け、フェイスブックは創業以来の最大の危機に追い込まれます。創業者のマーク・ザッカーバーグは文字通り、窮地に立たされました。

 現在の社名メタに変更したのも、否定的に染まった企業イメージを払拭する狙いともいわれています。広告収入は落ち込んでおり、メタの経営は曲がり角を迎えています。

SNS企業の経営を監視する動きが広がる

 この内部告発をきっかけにフェイスブックのみならず世界の情報社会を支配するテック企業の経営そのものをどう監視、規制するのかにまで議論は広がります。

 誰もがSNSを手軽に使い、自分自身のみならず周囲で起こった出来事をスマホから世界に発信することが当たり前になりました。しかし、情報がそのままダイレクトに発信されているようで、実はフェイスブックやツイッター、TikTokなどを介した情報経路はブラックボックス。直近でいえば、米政府など欧米では中国系動画アプリであるTikTokを通じた情報発信に懸念を示しているのが典型例です。

内部告発は口笛を吹くだけで終わるわけではない

 ホーゲンさんの内部告発は今後も社会インフラとして欠くことができないSNSに対する大きな警鐘を鳴らしました。タイム誌によると、彼女は現在、次代の情報社会を主導するリーダーを育てる事業に取り組んでいるそうです。世界をより良い場所にするため、どうのような発想、教育が求められ、提供する必要があるのか。

 内部告発は口笛を吹いただけで終わるわけではないことを教えてくれます。

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