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日本は自動車を創れるけど、なぜジェットを飛ばせない ものづくり大国は自己陶酔で終わる

 ある航空会社の整備工場を訪れた時のエピソードです。

航空機で最も頑丈な場所は?

 「旅客機で最も頑丈に造るところはどの場所だと思いますか」と問われました。「主翼かエンジンの取り付け部分、どちらかと思います」と答えると、ガイド役の整備士はニヤッと笑って搭乗口の下部を指差します。乗客が機内に入る時、最初に足を置くポイントです。全く想像していない箇所だったので、その理由を訊ねました。

 「ハイヒールを履いた女性が機内に入る際、全体重がこのポイントにすべて集中します。ものすごい負荷がかかるんですよ」。確かに搭乗口の下部をよく観察すると、機内の床に比べて金属板を厚く仕上げています。その真偽はともかく、ガイド役の整備士は半ば冗談を交えながらも、航空機は見た目で見るよりとても繊細に設計され、組み立てられているのだと教えてくれました。

三菱重工の国家プロジェクトは失敗に

 三菱重工業が国産ジェット旅客機の開発を断念しました。2008年から座席100人未満の小型ジェット旅客機の開発をめざした国家プロジェクトは1兆円を投資。6度も軌道修正しながらも、結局失敗に終わりました。第二次大戦の敗戦で航空機産業が消滅。国産旅客機の開発は1962年に初飛行した「YS-11」だけ。半世紀ぶりの国産旅客機の誕生を期待していました。

 ただ、残念な思いよりも、日本の製造業の現況を暴露されてしまった恐怖を覚えます。日本は戦後、奇跡の復興と称賛され、その原動力は自動車や電機を軸にした製造業の躍進です。いずれも精密加工と大量生産を実現する機械産業の底力を抜きに成功を語れません。

日本の製造業の現況が露呈

 三菱重工は、その機械産業の頂点に立つ企業の一つです。造船、大型機械、発電、戦車などは文字通り、製造業の百貨店。なんでも製造できる会社です。

 しかし、小型ジェット旅客機はダメでした。予兆はありました。7年前の2016年、大型客船の造船からの撤退を発表しています。2011年に受注した大型客船2隻は、設計変更や火災事故などで納期の遅れが続き、2016年度決算で2300億円の特別損失を計上しました。今回の撤退は「客船」を「小型ジェット旅客機」を差し替えただけ。同じストーリー展開です。背景もほぼ同じ。大型客船は、世界のクルーズブームを追い風に堅調な需要が見込まれ、韓国や中国と激しい価格競争を繰り広げるタンカー・コンテナ船に比べて高収益が見込めるはずでした。

航空機も客船も膨大な部品とカスタム仕様の設計

 撤退の背景もジェット旅客機、大型客船いずれも同じ。日本の製造業が過去、経験したことがないビジネス領域です。旅客機も客船も自動車やタンカーやコンテナ船をはるかに上回る部品点数を扱い、しかも受注内容は利用客に合わせて緻密な仕様設計と膨大な資材調達が求められます。

 例えば部品点数。自動車は3万〜5万点といわれていますが、三菱重工が開発していた小型ジェット旅客機の場合で95万点。大型旅客機になれば300万〜400万点に跳ね上がります。しかも、自動車は日本独特の「ケイレツ」とも揶揄された自社系列や下請けグループによって部品が生産されるのに対し、旅客機の場合は部品の7割は海外から調達します。

 主力エンジン、操縦席の関連電子機器など主力機器をはじめ、油圧システムやドアなど細部の部品も含まれます。設計段階から部品の精度や機能を考慮して選定し、効率良く調達する斬新な発想とシステムを構築しなければ、無用な部品の山を築くだけ。

 しかも、日本には航空機製造の経験が途絶えています。海外から経験豊かな技術を集めるため、旅客機を開発担当した三菱航空機には多くの外国人技術者が参加しましたが、マネジメントが追いつきません。型式認定も含めて旅客機の法規制についても、審査する国土交通省も含めて未経験です。不慣れな世界が待ち受けていました。

 客船はスケールがさらに拡大します。2018年に竣工した世界最大級の客船を例に見ると、総トン数は23万トン、幅は65メートル、長さは362メートル、ビル18階に相当する大きさです。その客船に乗客が6680人、乗員2200人です。客室は、さまざまなクラスに分かれ、高級ホテルの家具やレイアウトが設計されます。タンカーなどで鉄板を溶接する世界とまるで異なる別世界です。三菱重工長崎造船所で発生した火災事故は、まさに室内の装丁作業中に発生しています。溶接などのちょっとした火花が引火し、燃え広がりました。仕事の手順や管理に手間取り、結局は赤字を増やしただけ。

未体験ゾーンを乗り越える挑戦と進化を失う

 旅客機も客船も未経験だからという理由で納得するわけがありません。最も見逃せないのは、日本の製造業が進化せず、足踏みを続けていることです。自動車で成功したからと言っても、エンジン車だけ。EVでは遅れをとっています。半導体は?。1980年代に世界トップに立ちましたが、エルピーダメモリーを最後に世界最先端の技術は潰えました。

 日本は1980年代から「ものづくり大国」を自任、ジャパンアズナンバーワンに酔いました。米国のビッグスリーの凋落を眺め、半導体でも抜き去ります。しかし、ボーイングは航空機を創り続け、今も欧州のエアバスとトップ争いしています。米国は軍事と産業が一体で技術革新する特殊事情があるとはいえ、米国は技術革新を止めません。復活を目指す日本の半導体は、IBMの高精細技術を頼りに再び挑戦を始めたばかりです。

「日本は世界一」に酔っていただけ

 日本は自己陶酔していただけでした。すでに「ものづくり途上国」になっているのです。今まで経験したことがない世界を目の前にすると、立ち往生するしかない。ブレイクスルーするためにどんな革新が必要なのか、創造も想像もできない。

 希望はあります。ホンダはビジネスジェットでトップセールスを記録しています。創業者、本田宗一郎の夢だった航空機進出を果たすまで開発から30年以上の歳月がかかりましたが、ついに成功を収めています。ゼロからスタートする覚悟があれば、夢は現実になります。

このまま佇むのは残念

 しかし、このままでは変わりません。日の丸を冠した小型ジェット旅客機は離陸できず地上で佇んでいます。その機影は、今の日本そのものです。

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