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挑戦しない日本企業、労働経済白書が描く「先行きに自信がないけど、人手不足だから賃上げ」

  厚生労働省が毎年公表している「労働経済白書」がおもしろい。失礼を承知の上ですが、他の白書に比べて注目度が低いせいか、労働経済白書には日本の企業経営に対する率直な分析が描かれ、自然にうなずいてしまう内容が多く、「霞ヶ関のお役所仕事」と思えないところが楽しい。2023年と2024年の2年分を読み比べてみました。1990年代から足踏みが続く日本経済の実相が鮮やかにあぶり出てきます。そこには経営改革に躊躇する日本企業の素顔がありました。

白書は賃上げ、人手不足の構図を描く

 労働経済白書は、経済や雇用、労働時間などの現状や課題をテーマに、統計データで解析しています。2024年(令和6年)で75回目を迎えました。2024年のテーマは「人手不足への対応」。お約束通り、まず2023年の雇用情勢や賃金、経済等の動きを振り返り、そこから人手不足をテーマに絞り込み、現状と背景を解き明かしていきます。締めとして今後の対応についても提示します。

 人手不足の現状と背景はもう説明が不要でしょう。昭和の時代では当たり前だった休日出勤、サービス残業などによる長時間労働は令和では時代遅れどころか、あってはいけない”事件”。問題外です。企業の最優先課題は労働時間の短縮、厳格化が社会の規範となっています。

 ところが政府が笛を吹いても企業はうまく踊ることができません。少子高齢化の流れは止まるどころか加速しており、介護などサービス産業で深刻化する人手不足を解消する術が見つかっていません。日本の人手不足は2000年代から対応が叫ばれながらも、日本の労働環境に大きな変化がないため、白書は「2010年代以降の人手不足は『長期かつ粘着的』となっており、さらに、2023年時点で、人手不足が相当に広い範囲の産業・職業で生じている」と分析しています。

政府が笛を吹いても実状は変わらず

 政府、企業は手をこまねいていたとは考えていません。欧米に比べ遅れていた女性の就労機会や管理職登用が議論され、外国人労働者の受け入れを広げています。65歳で定年を迎えるシニア層の再雇用も拍車をかけています。掛け声ばかりが響き渡った2000年代よりは、外観は整っていました。しかし、その中身とは?、実践は?となると疑問符がいくつも並びます。昭和、平成、令和と元号は変わりましたが、労働環境の根底には昭和の残滓がまだまだあちこちにあります。

 人手不足の解消の有効策として企業の生産性向上が1990年代から指摘されています。米国ではマニュアルの整備や仕事のデジタル化など仕事の簡便化、効率化は進んでいますが、日本は職人気質を好む社会の癖もあって、一子相伝と見紛う属人的な仕事の流儀が今も健在です。政府がデジタル化を叫んでも、フロッピーディスクを使ってデータのやり取りをする自治体の現状を見れば、もう手遅れを超えた域に取り残されていることに気がつくはず。白書は日本の生産性は欧米を下回る中位国と断定しています。

 白書では1970年代から雇用者数、長時間労働、一人当たりの生産性の指標を使って企業が労働力の確保にどう対応していたかを解析しています。1980年代からフルタイムの従業員の労働時間短縮が始まりましたが、フルタイムに代わる労働力としてパートタイマーが急増。労働生産性は向上していますが、その上昇率は低く、これまでなら残業でこなした仕事を処理するには新たな人材確保で補うしかないからです。

目の前には楽観できない日本

 一方で、日本経済は1990年代から沈滞したまま。GDPは年によって増減はありますが、実質は横ばい。賃金も横ばい。安倍政権の時から政府主導の賃上げ春闘が始まったことで2023年は3年連続で現金給与額は増えていますが、物価上昇率が上回っているため、実質賃金は逆に低下しています。しかも、正規雇用よりも低い給与の非正規雇用が増えるわけですから、日本全体の給与水準が改善するわけがありません。

 白書が描く日本の賃上げ構図は人材をなんとか確保するために賃上げをするのであって、生産性向上の見返りとしての賃上げではないことというものです。成長力の力強さを感じさせない寂しさが漂います。

 当然の結果として人手不足に悩む中小企業から大企業への転職する流れは加速しています。大企業を上回る給与水準を設定できるわけがない中小企業で人手不足が深刻化するばかりです。人材、給与で大企業と中小企業の格差が一段と広がるのは確実です。

 2023年(令和5年)の白書は、すでに指摘され続けている日本企業の守りの姿勢を明快に描いています。企業収益は2012年度以降、増え続けているものの、配当金、役員給与、従業員給与は横ばいに推移していると解析。反比例するかのように企業の内部留保が規模に関わらず増加し続けています。1996 年の内部留保は150 兆円でしたが、2021年には500兆円と3倍以上も上積みされています。意外にも増加 率は大企業よりも中堅・中小企業が大きく、大企業は230%増、 中堅企業は320%増、中小企業は270%増。

内部留保で守りに入る企業

 内部留保の増加傾向は、企業が日本経済の先行きを楽観していない証左です。海外展開などで事業領域が広い大企業はまだ打開策が多くありますが、中堅・中小企業となると、事業の多角化などに限界があります。どうしても守りの姿勢を貫き、従業員の雇用確保に向けて財務を万全にする経営判断に流れるのでしょう。

 2024年の労働経済白書は、生産性の向上、デジタル化など事業・経営改革の必要性を提案します。すでに多くの企業経営者は十分に理解しています。先行きを切り拓くためにも、経営者、従業員は強い気力を抱き、経営改革に挑まなければいけないこともわかっています。にもかかわらず、二の足を踏んでしまう。日本の将来に希望を抱けない現実が目の前にあるからです。この2年間の白書は、見事に日本経済を描き出しています。

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