欧州、経済安保に原子力を堅持、エネルギーのデファクトで主導権
しかも、ロシアによる天然ガス供給の問題が再び深刻化し始めています。昨年からロシアによるウクライナ侵攻の可能性が浮上しており、ロシアの天然ガスに大きく依存する欧州のエネルギー事情が緊迫化する恐れが高いのです。外交政策としても天然ガスの代替エネルギーを対外的に明示する政治情勢に追い込まれています。
といって振り子のようにドイツなどが原発再利用への揺り戻しが起こるわけではありません。欧州は島国の日本と違って国境を越えた電力取引が盛んに行われています。ドイツが原発の建設禁止を打ち出しても、フランスの原発が生み出した電力がドイツ国内に流れ込みます。
もちろん、水力、太陽光や風力などの再生可能エネルギー、石炭火力、天然ガスなどから発電するコストを睨みながら、電力売買が頻繁に行われるわけです。EUは将来、電力の単一市場化構想を進めています。ドイツなどが原発依存に強く反対しても、日常生活では原発で生み出されたフランス産電力がドイツなどで消費されることがさらに増えるのです。
EU内の「推進と反対の構図」こそ交渉力のために重要
だからこそ、EU内で「原発推進と反対の構図」が重要になります。原発が抱える問題点をしっかりと議論しながら、脱CO2など地球温暖化ガスの抑制、カーボンニュートラルを実現するために欧州、EUは常に議論している姿を世界に誇示できるのです。フランスなどが原発の旗を下ろす恐れはほとんどありませんから、石炭火力の全廃などを進めてもEU内、欧州内の電力がすぐにショートする心配はありません。再生利用エネルギーによる発電計画も同じです。進捗状況に遅れが生じても、電力需要の辻褄は合うはずです。一枚岩である必要はないのです。
むしろ、EUが地球温暖化を巡って主導権を握るためにも議論百出の状況が望ましいのです。CO2はじめ温暖化ガスの削減、原子力、天然ガスの活用などエネルギーの将来を見据えて、EUが政策やビジネスの基準を提示する役割を担う立場を明確にするチャンスを創出します。米国、ロシア、中国、日本やインド、アジア、アフリカはそれぞれ利害が衝突します。その交渉役、つまりネゴシエイターとしての役割を果たす中で、EUの利権拡大にもつながります。
EUタクソノミーでの原発容認の背景には周到に練られたシナリオの存在を感じます。世界政治・経済のリーダー役を米国に奪われて以来、EUは老練な外交官のごとく重要な場面に登場し、自らの利害に適したデファクトを創造してきました。欧州の生存戦略といって良いと思います。今回の原発容認が炙り出したのも、EUにとっての経済の安全保障のしたたかさです。
福島第一原発の当事者、日本政府はなにも発せず、エネルギーの経済安保には興味なし?
とても残念なのは福島第一原発事故に直面した日本が自らの意見を発していないことです。原子力政策が足踏みしているのは当然としても、日本が甚大な被害を受けた経験をもとに原子力発電を軸にしたエネルギー政策がどう修正するべきなのかを声高に発する立場にあります。
もし、このまま世界の趨勢に従います的な姿勢を続けるならば、福島県はじめ日本が背負った世界史に残る原発事故の教訓は何もなかったことになってしまいます。半導体などを取り上げて経済安保を政策として掲げる日本政府ですが、政府として扱いにくい原子力などエネルギーは経済安保にふさわしくないと考えているのかもしれません。
JR双葉駅の壁に架かる時計は今も地震が発生した午後2時46分を指したまま停止しています。じっと立ちすくむ日本政府を見ていたら、時計の針が動くわけがありません。