南太平洋「新しい枠組み」① 歴史と文化、人間への誇りと尊敬を持つ人々

サモアでもポリネシアの誇りを感じる

 サモアは太平洋に点在するポリネシア人の島嶼国の中心地という誇りを持っており、王国と酋長が支配する集落のヒエラルキーとエネルギーが生きていました。日本の感覚で言えば、能登半島で原子力発電所の立地問題を取材していた時と同じです。地域の重要案件は区長などが決定し、誰も反対できません。不満を表明したら地域で生活ができなくなる恐れがある。生活が苦しいからといって、「お金が欲しい」と露骨に言うのは恥ずかしいと思う人がまだ多いのです。太平洋の島々を回ってさまざまな場面で感じるポリネシア民族の誇りの一例です。

 実際に賃金などの待遇で不満を表したことで自動車部品工場を解雇されたといわれた従業員を取材しました。本人と会おうと思ったのですが、電話がありません。地元のラジオ局で「日本のメディアがあなたに会いたいって。電話番号は・・・」というメッセージを放送してもらいまいた。日本では信じられない通信事情です。元従業員はその後も新しい仕事を見つけられず、かなり厳しい状況に追い込まれたようです。

中国政府の経済支援で建設されたビル

 サモアの首都アピアにはすでに中国の外交攻勢が押し寄せていました。政府など官公舎が木造で建築され、ほとんどが低層ビルが並ぶ中で、ひときわ高いビルが港湾近くに立っていました。「あのビルは?」と地元の人に尋ねたら、中国政府が建設したそうです。「エレベータもあるんだ。でも、中身はがらがら。なんで建設したんだろう」と苦笑しながら首を傾げていました。

 サモアの内閣府に相当する幹部と話しました。日本やオーストラリアなどが経済援助で太平洋の島嶼国を支えていることに感謝しながらも、経済的な自立の難しさを説明します。漁業などは自給自足に近い水準にとどまり、外貨を稼ぐ観光にも大きな期待はできない。首都アピアには映画「南太平洋」のモデルになったホテルがありますが、知名度や航空網などのインフラで他の島嶼国に見劣りします。中国についてもインフラなどの資金援助には感謝するが、「日本やオーストアリアから乗り換えることはありえない」と笑っていました。

日本政府の経済支援で再建されていた港湾

 一方で巨大台風などの自然災害は絶えません。教会が建物そのまま吹き飛ばされたことがあるそうです。「その時、みなさんはどう身を守ったのですか」と質問したら、身を地面に伏せてしがみつくだけと苦笑していました。日本政府は港湾整備で支援していましたが、台風で破壊されることもたびたびだそうです。たまたまサモアに駐在するJICAのみなさんが集まるミーティングに参加する機会がありました。「予想以上の厳しさ」と異口同音に語ります。スタッフの1人は「日本に一時帰国すると、近代的な生活がむしろ苦痛になる」と笑い飛ばしていましたが・・。

経済的な自立の未来は見えないが・・・

 サモアをはじめ島嶼国が直面する現実は今、どうでしょうか。一部の国は気候変動による海面上昇で社会インフラ崩壊の危機に追い込まれています。しかし、彼らの祖先から継承してきた民族の誇りと人間に対する尊敬の念は変わっていないはずです。

 太陽や夜空に広がる星を頼りに正確に位置を計測し、カヌーを操って何千キロの彼方にある島にたどり着き、その地で国を作り上げた民族です。日本では訝しい目で見られる入れ墨も、ポリネシアの人たちにとっては先祖から続く血統と物語を表現しています。何千年にも及ぶ南太平洋の歴史と文化を文字通り、体現しているのです。

「新しい枠組み」は島嶼国の人々と同じ目線から

 南太平洋の島嶼国は今も経済的に自立できる未来が描けていません。主要国からの経済援助が今後も必要なのは自明です。だからといって、米国や中国など大国の論理がまかり通るほど誇りを失っているとは思えません。第二次世界大戦に統治国だった日本は戦後、南太平洋の島嶼国を経済支援を継続してきましたが、国連安全保障理事国入りを念頭に置いた多数派工作の一環でもありました。そこに中国が台湾政策を掲げてクサビを打ち込むます。

 日本やオーストラリアが主導してきた南太平洋の安全保障のバランスは大きく揺らいでいます。しかし、地球儀からみれば黒い点にしかみえない島嶼国には、当然ですが日本、米国、中国にも劣らぬ民族の誇りを持った人々が住んでいます。米国が提唱する「新しい枠組み」のスタートは、島嶼国の人々と同じ目線で太平洋を見つめ直すことから始めてほしいです。

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