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イーロン・マスク、テスラは「プロレスのヒール」 10年前から続くEVの「あら探し」

 イーロン・マスク。出身は南アフリカですが、米国のシリコンバレーを舞台にした投資家・起業家として知られる世界一、二を争う大富豪です。ネット決済の先駆であるPayPalで巨額の利益を手にし、盟友のピーター・ティールらと共にスタートアップ企業に次々と投資。航空・宇宙、通信、電気自動車(EV)などで大成功を収め、今最も注目を浴びる人工知能のオープンAIの設立にも深く関わっています。(敬称は略させていただきます)

プロレスのヒール役にピッタリ

 ヒール役を演じるぴったりのキャラクターなのでしょう。プロレスなどでブーイングを浴びる悪役です。 一挙手一投足すべてが注目されるカリスマだけに仕方がないんでしょうが、多くは好意的に受け止められません。実際にお会いしたことがありませんが、友人になる自信はありませんし、向こうもガン無視でしょう。

 盟友のピーター・ティールとは会ったことがあります。その胸の内はともかく、きちんと社交辞令を述べ、いわゆるソーシャルスキルを持ち合わせていました。マスクにそんなスキルを感じません。でも、視線をちょっと上に向け、顎を突き出す面構えには拍手を送りたい。

 自動車の世界でも、もちろんヒール。テスラの創業に携りEVの開発・生産に邁進しても、世界の自動車メーカーから「素人に自動車を造れるわけがない」と揶揄され続けました。なんとテスラ創業者からは「マスクは創業者ではない」と訴えられ、結局は和解して「共同創業者」の名を改めて獲得したぐらいですから。

素人と揶揄されながらEVで大成功

 2010年5月、テスラと資本提携したトヨタ自動車も同じ。EVの共同開発、GMと合弁生産したカリフォリニア州フリーモントの工場「NUMMI」提供などで合意しましたが、トヨタの本音はEV事業よりも、米国経済を支える自動車産業への協力を優先する政治的なアピール。なにしろ両社が提携を発表した日は、トヨタにとって米国での命運がかかったリコール問題を審議する下院の公聴会が開催された日です。かなり露骨でした。

 せっかく提携したのに果実はどこへやら。テスラはフリーモント工場で生産を開始しますが、ラインはストップを繰り返します。月産数千台レベルから抜け出せず、採算ラインにはほど遠い水準。当時、工場を訪れましたが、まったく活気が感じられませんでした。

 EVの開発も”エンスト”が続き、トヨタ社内からは「電気モーターとバッテリーがあっても、自動車はできないのがわかったかな」と冷めた声が聞こえてきます。トヨタは2014年に株式の一部を手放し、2016年末までに完全に決別します。外野席の座って眺めていた立場からすれば、「もったいない」と思うのは後付けの結果論?

テスラの米フリーモント工場

2010年代のテスラの米フリーモント工場

EV失速で神通力は消えた? 

 最近ではEVとテスラの失速を指摘する論調でしょうか。代わりに予想以上に販売が伸びたハイブリッド車の数字を掲げ、「やっぱりテスラは壁にぶち当たった」と指摘。おまけにEVの先行きを慎重に見通したトヨタの慧眼を礼賛する声があちこちから聞かれます。

 確かにEVは大きな壁にぶち当たっています。2024年1~3月期のEV販売台数はテスラがほぼ4年ぶりの前年実績割れ。テスラと世界一を競う中国のBYDも大幅に鈍化しました。米国市場が金融引き締め効果で伸び悩んでいるほか、安価なEVを投入するBYDとの競争激化、さらに中東情勢に影響で物流が混乱し、部品不足で生産が停滞したことも影響しています。テスラを追い抜く勢いを見せていたBYDは、中国経済の低迷や急激な伸びの反動などで息切れしたようです。EV市場を牽引したテスラやBYDの失速がEV需要が萎み始めた証しというわけです。

 ハイブリッド車は欧米、アジアの世界各地で販売が伸びています。EVの弱点である充電設備や車載バッテリーの能力不足、価格の高さなどを気にせず、割安に乗り回せる使い勝手が好調な伸びを支えています。EVへの急転換を推し進めてきた欧米の政策が軌道修正していることもあって、ハイブリッド車の勢いは当分、続くとの見方が広がっています。

通過儀礼の後は再び飛翔へ

 果たしてそうでしょうか。販売増の足踏みは成長期に必ずある通過儀礼のようなものです。EVを恐れるあまり、ちょっとしたブレーキを見て過大にEV失速を主張したい向きもあるのでしょう。このままハイブリッド車がEVの勢いを飲み込んでしまうのか。ちょっと信じられません。

 この10年間のテスラが実証しています。世界中から「あら探し」をされながら、そして時々嫌われながらも世界一のEVメーカーに躍り出て、世界で最も販売するEVモデルを開発し、成功しました。悔しいかもしれませんが、テスラの強さ、強かさ、それよりも近未来を読み取るビジョナリストとしてのイーロン・マスクの実力にひれ伏す日が訪れるのかもしれません。

観客を楽しませるのもヒールの役割

 なんといってもプロレスで最も強いのはヒール。試合の相手の強さにあわせて、プロレスの面白さを引き出し、観客の皆さんを楽しませる術を知っています。イーロン・マスクそのものです。

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