リニア新幹線②難工事の果て 目的地30分で到着、地上まで1時間
リニア中央新幹線が完成するかどうかのカギを握るのが南アルプスの地下を貫通する工事です。トンネルの延長は約25キロ、地表からトンネルまでの深さは最大1・4キロもあります。距離、地下の深さともに日本で最大という難工事です。
南アルプスのトンネル工事は前例がない難工事の連続
「これまで多くのトンネル工事を手掛けているが、比較にならないほど非常に難しい。正直言って不可能に近いし、受注しても赤字は覚悟だ。本音で言えば、どこも受注したくないはず」。あるゼネコンのトップがいかに難工事であるかについて真顔で説明してくれました。ただ、「でもJRの仕事を失うわけにはいかないしなぁ〜」と最後は苦笑していました。
トンネル工事は複数のゼネコンと共同で受注し、それぞれが担当区間を掘り進めます。リニア新幹線が走る本トンネルのほかに作業用のトンネルもアルプス地下深い地層を掘り進めることになります。各ゼネコンは受注した区間を掘削していきますが、25キロに及ぶ工区を地下深くで設計通りに一本のトンネルとしてピタリと合わせる工事は文字通り、神技だそうです。
リニアモーターは超高速で疾走します。通常の電車なら多少のズレが許されたとしても、リニア中央新幹線の場合は設計通りにトンネルが完成しなければ接触などで大事故が起こりかねません。複数区間で工事しながら、ピタリと合わせる重要性が理解できると思いますし、実際の工事現場で見事に成功する技術の難易度も創造できるはずです。
専門家は「闇の中を手探りで掘り進める感じ」
JR東海の工事責任者も「地質は実際に掘ってみないと分からないところがある」とメディアに対して説明しています。本格的な掘削を始める前に、トンネルの地盤を調べる目的で本トンネルと並行して水平ボーリングと呼ぶ作業を進めます。繰り返しになりますが、工事現場は南アルプスの地下1000メートルを超える深さの地層、しかも長さ、深さともに日本最大規模のトンネルを掘削するのです。
世界でも初めての経験だそうです。「工事は、地表から深いため闇の中を手探りで掘り進める感じだ」と評する専門家もいます。JR、ゼネコンは長い距離を狙った方向に掘削する水平ボーリングの技術を習得するため、事前に調査用トンネルを掘り、1000メートル先に設計通りに到達する経験を積み重ねていたそうです。
大井川の水問題は、地域に打撃を与える可能性を否定できません
すでに南アルプスのトンネル工事は大井川の水資源で立ち往生しています。トンネルは山梨県の富士川水系、静岡県の大井川水系、長野県の天竜川水系を貫いているのですが、富士川と天竜川は橋で通過し、大井川だけは川床の直下を通ります。工事中のトンネル内から流出した大井川の水は大井川流域に戻ってきません。地域の農業用水、上水道、工業用水など日常生活や農業、工業、観光業に大きな影響を与える可能性があるため、地域住民はトンネル工事の継続に反対しています。JR東海は環境影響調査を実施しており、工事で流出した水は大井川の流域に戻すと説明しますが、川勝平太静岡県知事は頑として工事継続について首を縦に振りません。実際、トンネル工事では予想しない湧水などで事故が発生しています。
大井川の水を戻すだけで終わるのかどうか。万が一、地下水脈の流れが大きく変わってしまったら、温泉なども含めて予想外の影響が出る可能性を見落とすことはできません。。
「大深度の罠」も見逃せない
もひとつ見逃せない課題があります。「大深度の罠」です。リニア中央新幹線の主要駅は地下深くにあります。品川駅は地下50メートル、名古屋駅は40メートルに位置します。2001年に「大深度法」が施行され、地下40メートル以下の空間は公共のためなら自由に利用できるようになりました。土地所有権の交渉などで時間を取られずに都市インフラに必要なトンネルなどを建設するのが目的でした。リニア中央新幹線の関連施設はこの大深度法の考え方を活用しています。
それでは「大深度の罠」とは何か。リニア中央新幹線は地上と地下を時速500キロの超高速で走り抜け、東京・品川駅と名古屋駅を30分程度で結びます。東海道新幹線の場合、東京ー名古屋は1時間40分程度ですから、時間的距離は3分の1も短縮します。
リニア中央新幹線品川駅から出発するとします。JR山手線品川駅からリニア駅まで地下へ降下していきます。エスカレーター、あるいはエレベータを使うのでしょう。どのくらい時間がかかるか。ようやくリニアの座席に着き、窓から見える風景はほぼ真っ暗。30分間はあっという間に名古屋駅に着きます。できることはビール1缶を飲み切るぐらい。「さあ、名古屋に着いたぞ」と早合点できません。荷物を持って今度は地上へ向かいます。どのくらい時間がかかるのでしょうか、まだ想像できません。
わかりやすい例が東京都営・大江戸線です。乗った経験のある人はすぐにわかるはずです。地上から大江戸線の駅ホームに到着するまでいくつものエスカレーターを乗り換えます。東京メトロに慣れているだけに、「ホームはどこにあるの?」とため息が出るほど地下へ降りていきます。地下鉄路線網を見て地下鉄やJRと連結し乗り換えは簡単と思って大江戸線駅ホームに向かうと予想以上に時間がかかります。
あるいは東京・渋谷駅を思い浮かべてください。多くの地下鉄が集まるターミナルで、多くの商業施設が相次いで建設されていますs。ところが渋谷駅に降りたものの、駅前のハチ公象にたどり着くまでがたいへん。ゲームで迷路のような空間をダンジョン(地下牢)と呼んでいますが、渋谷駅開発はまさにダンジョンの典型例です。
実は運輸省(現在の国土交通省)を担当している時に大深度法の制定が議論されていました。当時の審議でも「目的に着いたのは良いが、地上に出るのに1時間もかかっていたら、不便だし安全上でも問題がある」と指摘されていました。大江戸線、渋谷駅開発などは当時の議論をなぞっているようです。
夢の超特急は白日夢に?!
リニア中央新幹線は東京ー名古屋、東京ー大阪をまるで隣のドアを開けるかのように行き来できる夢の移動体として期待されています。しかし、走行路線周辺の環境を傷め、地域経済へ打撃を与える可能性は否定できません。仮に東京ー名古屋に30分間で到着したとしても、多くの乗客が駅ホームから地上へ向かう結果、エスカレーターなどの渋滞で1時間近くもかかってしまったら、結局は移動に必要な時間は東海道新幹線を利用した場合とさほど変わりません。
夢の超特急リニアモーターはまさに白日夢になってしまいます。