MAZDA5 エンジンの残存車利益を狙う、シャープ・カシオの電卓戦略をなぞるよう
シャープの電卓を思い出しました。
スカイアクティブの戦略は電気自動車が生む空白市場を狙う?
マツダが2009年9月の東京モーターショーに「SKYACTIV(スカイアクティブ)」というエンジンコンセプトを発表した時です。達成する目標となる燃費は10・15モードで1リットル当たり32キロメートル。燃費効率の高さは「環境にやさしい」エンジンとして高い評価を集めていたトヨタ自動車のハイブリッド車と遜色ない水準でした。電気モーターの力を借りずにガソリンを燃やすエンジンだけで実現するのです。ハイブリッド車を世界のデファクトスタンダードに設定しようと努力していたトヨタに対し、真っ向から勝負する挑戦状を叩きつけたようなものでした。
ハイブリッド技術はトヨタが数多くの試行錯誤と巨額の開発資金を投じて量産化に成功。世界に先駆けて1997年に「プリウス」を世に送り出しました。ベンツやVW、GMやフォードなど欧米の主要メーカーも自動車は環境破壊の源との汚名をそそぐため、排ガス技術に力を入れていましたが、ハイブリッド車の量産化ではトヨタを追走できずにいました。
ハイブリッドの代わりのエンジン対策として打ち出したのがディーゼルエンジン。欧州の消費者はハイブリッドよりもディーゼルエンジンを評価するという流れを広げたものの、VWなどがディーゼルエンジンの排ガス数値を操作した事件で頓挫しました。欧州メーカーが日本に先んじて電気自動車への移行にアクセルを踏み込んだ背景には、トヨタのハイブリッド車をなんとか環境エンジンのデファクトから引き摺り下ろす狙いがありました。
ところがマツダは内燃機関エンジンの開発を追求する道を選びます。スカイアクティブの思想を体現したエンジンは2011年、「デミオ」「アクセラ」に搭載され、優れた性能は話題を集め、高い評価を得ます。これまでと変わらないエンジン車を運転しながら、ハイブリッドと変わらない燃費を実感できるのです。ガソリンを大量に消費して環境を汚染するという罪悪感が薄れ、しかもエンジン車の特性である加速感や走行の楽しさを満喫できますから、クルマ好きならスカイアクティブに興味が湧かないわけがありません。
走りの楽しさは、やはりガソリン車
なにしろハイブリッド車はクルマ好きにはちょっと物足りない。当初からスタート時の発進の遅れ、加速感、電気モーターからエンジンへの切り替わる一瞬の時差などが指摘されていました。現在はかなり改善されているようですが、「ZOOM ZOOM」と走りの楽しさを看板に掲げるマツダ車を好むファンにとって、もしロードスターがプリウスと同じ感じだったら不満でしょう。
マツダのスカイアクティブはエンジンとどまらずにシャーシーなどにも広げ、クルマ全体の仕上がりの良さを際立たさせる戦略を拡充します。他社との差別化で大きな力を発揮します。2015年から提携したトヨタとはハイブルッド技術の応用や電気自動車の開発に取り組んでいますが、傍目から見てもマツダの「心ここにあらず」の境地がわかります。スカイアクティブで磨きをかけたエンジン車が着実に幅広い層で評価を高めており、最近の販売実績からみても成功しているのが裏付けられます。
スカイアクティブの開発がなぜシャープの電卓戦略を思い出すのか。激しい競走に晒されながらもなんとか残存者として数少ないメーカーとして生き残れば、市場を支配できる。電卓の激しい競走のなかで、この戦略を実践して見事に生き残ったのがシャープとカシオです。
電卓は今では簡単に手に入る日常品ですが、もともとは高価で大型の電子計算機でした。1970年代に猛烈な価格競争に突入し、一気に普及します。シャープは1969年に10万円を切る電卓を発売し、大ヒットを飛ばします。電子部品が加速度的に進化する波に乗って、新製品開発は過熱化し、価格は処理能力と反比例するかのように下がり続けます。価格が10万円を割ってから3年後の1972年にはカシオが1万2800円の電卓を発売、200万台を販売します。今では100円ショップでも売る時代です。
電卓の過当競争が技術開発と生産体制に磨きをかける
シャープとカシオで電卓担当する役員は同じことを話していました。「価格競争は厳しいのは当然。安かろう悪かろうは通用しない。それが技術開発の爆発力を生み出し、割安に生産するノウハウを蓄える。競走から脱落する企業が相次ぎ、最後にわが社が残る。結果として勝ち抜く力になる」。実際、多くのメーカーが振るい落とされ、電卓はシャープとカシオの2社による寡占市場になりました。
マツダのスカイアクティブは世界の自動車メーカーが電気自動車へ注力する潮流に逆行するように映るかもしれません。しかし、自動車すべてが電気自動車に切り替わることはありえません。地球温暖化を防止するため、CO2など温室効果ガスを削減する流れは広がるのは確実ですが、クルマが消費するエネルギーすべてを電力でまかなうのは不可能です。電源開発、送電網、充電設備など電気自動車に必要なインフラを十分に揃える経済力を持つ国はまだ少数派です。物流も含めて既存の施設を活用できるガソリンは使い勝手がよく、電気に勝ります。
ベンツなど欧州の主要メーカーをはじめ日本でもホンダが電気自動車への全面転換を表明しています。中国、米国などでも電気自動車のシェアがどんどん高まるのは確実です。ただ、先進国、発展途上国を問わず、ガソリン車が必要とされる地域やニーズが空白地帯としてポッカリと空きます。マツダは低価格帯で闘う考えはないと思いますが、上中級車の市場で強い競争力を発揮することができます。残存者利益、言い換えれば残存車メーカーとしてマツダ・ブランドは輝きを増していくでしょう。