アフリカ土産物語(21)ナイジェリア北部の古都 混沌の小宇宙 カノ
カノはイスラム教徒とキリスト教徒で対立する都市
今世紀初頭のナイジェリアはイスラム教徒の多い北部とキリスト教徒の多い南部の対立が激化していた。そこで取材に向かったのは、厳格なイスラム法の導入が進み、数百人の犠牲者を出す抗争も起きていた北部で経済も文化も中心の都市カノである。
ナイジェリア中部の首都アブジャから車で北へ向かうにつれ、視界から緑が遠のき、平らな大地が赤茶けた色に変わっていく。青かった空は白みがかり、乾燥した大気が熱を帯び、のどはカラカラだ。気候の変化を体感しながら6時間がかりでカノにたどり着いた。
牛、馬、羊、人間、ごみ、煙、騒音
カノはラゴスに次ぐ400万の人口を抱え、その9割はイスラム教徒だ。さっそく城壁に囲まれた旧市街に入ると、熱気を帯びた小宇宙のようで、ノートに「牛、馬、羊、人間、ごみ、煙、騒音が混然一体となって共存する面白い世界だ」と記した。
カノの旧市街で出会った子どもたち
日曜のキリスト教会のミサに出た。すると牧師から突然、「今日は日本からゲストが来ています」と起立を促された。参列者全員が拍手しながら私に目を注ぐ。「まいったなあ」。想定外の展開だったが、腹をくくり「ハロー、エブリバディ!」とハッタリでしのいだ。
売買春への石打ちの刑や禁酒を規定したイスラム法が導入されたことを、その牧師は「物を盗んだ人の腕まで切ってしまう。残酷な法律だ」と非難した。逆にモスクでは「熱望していた。これで盗みもなくなる」とイスラム導師が歓迎の声を上げた。
カノの染色作業場
西アフリカ最古の伝統技法による藍染めを買う
そんな取材のかたわら、異文化の世界に胸が躍り、昼に夜に、30円程度で10分くらい乗れるバイクタクシーで駆けずり回った。西アフリカ最古の藍染めの作業場は、地面に埋めたピット(甕)が並ぶ染色工房で、数百年の歴史を持つ伝統的技法だという。「これはどうだ?」。男たちが商品の藍布を広げた。鮮やかに染められた濃紺の布地を買い求めた。ベッドカバーにも使える大きさで、円に換算して850円だった。ラクダの市場に行くと、ひざの関節をひもで結んで固定した数頭がいて、「サハラ砂漠が近い」と実感した。
ある中華料理店の光景が忘れられない。古色蒼然とした店の扉を開けると、おそろいの白ブラウスに紺色ユニホーム姿の黒人ウエートレスが7、8人並んでいてギョッとした。赤い椅子にイスラム風の服を着た人たちが陣取る円卓には瓶入りの食卓用キッコーマン醤油が置かれ、龍の模様の皿で焼飯や春巻きが運ばれてくる。
カノのラクダ市場
中華料理店で「ムーン・リバー」、店の外はイスラムのアザーンが聞こえる
そこに流れるイージーリスニング風のBGMは映画「ティファニーで朝食を」でオードリー・ヘプバーンが歌った「ムーン・リバー」だ。多文化共生の中華料理店というより、前衛芸術のようなシュールな世界である。しかも外に出れば、モスクから独特の節回しで礼拝を呼びかけるアザーン(朗唱)が聞こえてくる。
ナイロン製の首飾りを売るカノの商人
美しい貝殻のネックレスは石油大国ならではのナイロン製
市場でオレンジ色のネックレスの束を売る店があった。美しい貝殻を数珠繋ぎにしたような見栄えだが、石油を原料とするナイロン製だ。どうりで安いわけだ。アフリカ最大の産出量を誇る石油大国の実力がオールドタウンでもうかがえた。(城島 徹)