アフリカ土産物語 (1) ガーナで「考える人」に出会う
ボブ・マーリーの妻に会うため、アクラへ
ギニア湾に面した小国トーゴから国境を越えてガーナの首都アクラに向かったのは2004年1月だった。「アフリカのボブ・マーリー」をテーマに関係者を探していたところ、ボブの妻で自身も歌手のリタ・マーリーがアクラ郊外で子どもたちの教育支援や貧困撲滅の活動をしていると聞いて現地を見ようと思ったのだ。
リタ・マーリーが子供達を支援する現地のコミュニティーセンター
リタ本人には会えなかったが、赤、緑、黄、黒のラスタ・カラーで彩られた小屋の近くで村人は「彼女ならよく来ますよ」と言った。リタはその後、財団によるコンテスト、奨学制度などの活動を充実させているようだ。
ジャマイカ生まれの黒人民族主義の指導者でアフリカ回帰運動の提唱者であるマーカス・ガーベイにゆかりの賞も受賞したらしい。ガーベイは、祖国ジャマイカの宗教運動ラスタファリアニズムに多大な影響を与えたほか、1957年のガーナ独立の立役者でアフリカの統一を掲げた大統領のエンクルマにも大きな刺激を与えた存在だったという。
「Thinking man」を見せる土産店の店長
カラフルな幾何学模様が美しい「ケンテ織り」と呼ばれる民族衣装が有名なガーナだが、木彫りの土産を探そうと思った。地元のタクシー運転手に適当な市場がないか聞くと、市街地はずれのロータリーに車を走らせた。そこは土産物の店が並ぶ市場で、仮面を物色する私にある店の若者が「これは、どう?」と見せたのが、ユーモラスなポーズをした木彫りの人物像だった。土着的というより現代アートのようにデフォルメされた造形である。
「これ、なんだい?」。手に取って尋ねると、彼は「Thinking Man!」と誇らしげに答えた。そうだ、この格好はロダンの「考える人」ではないか。どういう経緯でこの土産が生まれたのだろう。フランスが誇る彫刻家へのオマージュなのか、それとも単なるパロディなのか……。いずれにしても「話のタネになるぞ」と思った私は迷わず買い求めた。
多田道太郎さんは「空気が漏れぬよう上下の口を閉じているんや」と解説
ロダンの作品は口に当てた右手のひじをよじるようにして左膝に置き、背中は緊張感に満ちたアスリートのような筋肉の張りがある。それにより深く思考する様態を表しているのだろう。しぐさ、風俗から卓越した考察をしてみせた仏文学者の多田道太郎さん(故人)は私に「口を手でふさぎ、肛門はしっかり座って押さえている。つまり空気が漏れないよう上下の口を閉じてるんや」と語っていた。それに比べてガーナの「Thinking Man」は腰の部分が空っぽで、頬杖をついてまどろんでいるかのようにも見える。それでも空気漏れの印象がないのは、アフリカンアートの巧みな技によるものかもしれない。
アフリカの悲しみを無言で語りかけてくる
奴隷貿易の拠点だったエルミナ城が遠くに見える
ギニア湾はかつて大勢の奴隷が物のように運ばれ、「奴隷海岸」と呼ばれた。アクラ西方約160キロ余りのケープコースト城、エルミナ城という奴隷貿易の拠点を訪ねたとき、牢屋から怨嗟の声が聞こえる錯覚に陥った。奴隷貿易は2001年の世界人種差別撤廃会議(国連主催)で「人道に対する罪」とする宣言が採択された。そしていま、拙宅の玄関に置かれた「Thinking Man」は、遠い日のアフリカの悲しみを私に無言で語りかけている。
◇ ◇ ◇
時にはモノなき土産話もあります。
今世紀初頭の3年間、アフリカを特派員として飛び回った筆者が各地の土産にまつわる「こぼれ話」を綴ります。とはいえ紛争絡みの取材など、土産とは無縁の出張が多く、「モノなき土産話」も含まれますのでご容赦ください。(元新聞記者・城島徹)