世界の富を産む街を歩く ポール・アレンが創ったポップカルチャーの博物館 

  ポップカルチャーの博物館ってあるんですね。シアトルの街の象徴「スペース・ニードル」のすぐ横。エレキギターの弦が「ジャジャ〜ン」と響いて教えてくれました。建物の外観はとても斬新。雨が降り続く日に訪ねたせいか、どこが屋根か外壁かわかりません。いろいろな色彩が雨で溶け合い、本来の建物の個性が不明でしたが、有名な建築家が設計したそうですから、きっとポップ。内田裕也さんなら「ロックだぜ」と言うのでしょうか。

スペースニードル

 ポップカルチャー博物館は2000年、マイクロソフトをビル・ゲイツとともに創業したポール・アレンがエクスペリエンス・ミュージック・プロジェクトとして建設しました。世界の富を産む街シアトルを物語る象徴のひとつです。ホームページでは、自ら課したミッションを「自分たちが暮らす社会と繋がりながら刺激的な経験を提示して、創造的な表現で人生を変える力を生むこと」と説明しています。

 博物館はロック、ヒップポップなど音楽はじめサイエンス・フィクション(SF)、ホラーなどの映画、言い換えれば多くの人が楽しむエンターテインメントすべてを対象に展示しています。ポップカルチャーは大衆的な文化と訳されますが、博物館の展示は、結構マニアックな分野も多く、好き嫌いが分かれるかもしれません。

 ただ、「嫌われてもやり抜くぞ」という熱い魂が文化創造の源泉です。展示品の陳列方法も「自分たちが面白いと思っている形でお見せします」という気持ちが随所にあって、館内を歩き回り、ニヤニヤすることも。ちなみに開館20周年記念で世界から20人のクリエーターが選ばれ、日本からは高橋留美子さんが選ばれています。物語、キャラクターの設定などがとても独創的で、大好きな漫画家です。博物館の学芸員が世界で高く評価されるべき才能として見抜いてくれて、素直にうれしい!

ポップカルチャー博物館

 ここも見学時間はたっぷり余裕を見た方が良いです。午後遅めに入館しましたが、途中から絶対に時間が足りなくなると確信しました。退館時間を迎えたら追い出されると怖れていましたが、退館時間寸前まで見学する人が多く、スタッフさんも慣れたもので「私たちも退出しますから」とニコニコ笑いながら、背中を押してくれます。特定の分野にハマっている人にとって、好きな展示はいつまでも見ても飽きません。誰かが諭してくれないと。

 入館してすぐに心をギュッと捕まれのはロックでしょうか。シアトルはロックのジャンルの一つ「グランジ」が誕生した地です。代表的なバンドはニルヴァーナ。ヘビメタでもパンクでもない。ロックを色分けすること自体、無意味かもしれませんが、オルタナティブの流れというのでしょうか。博物館はコレクションのカテゴリーに「グランジ」と明記していますから、グランジでしょう。

 そしてグランジと並んで明記しているカテゴリーは「ヘンドリックス」。そうジミー・ヘンドリックスです。彼もシアトル出身です。エレキギターの演奏の既成概念を破壊し、新たな可能性を創造しました。世界のロックに大きな影響を与えたギターリストです。演奏中に高価なギターを壊すパフォーマンスで知られていますが、注目すべきは演奏。博物館にはギターの破片がコレクションとして収蔵されています。

ジミー・ヘンドリックス

 少し入ると、無数のギターやキーボード、ドラム、バンジョーなどが織りなすタワーがドンと待ち構えています。これが有名なタワーか、と見上げます。小さい頃からビートルズ、クリームなどのロックを聴いている人間なら、すぐそばにそびえるシアトルを象徴するタワー「スペース・ニードル」より感動するかも。楽器は大事なものとして理解し育っただけに、どうやって貼り付けたかわかりませんがタワーに仕立てる発想は生まれませんし、やるわけがない。ジミヘンのようにギターを破壊する熱狂が必要なのでしょうか。やっぱりポップであり、ロックなのでしょう。

ギターなど楽器がタワーに

 展示はもちろん、ロックだけじゃない。押さえるところはしっかりと押さえています。クインシー・ジョーンズが大きなパネルに描かれて待ち構えていました。ミュージシャン、プロデューサー、作曲・編曲家など音楽に関するあらゆる肩書きを持って、ヒット曲を飛ばし続けています。中学・高校生時代、ラジオから流れるヒット曲の多くにクインシー・ジョーンズが関わっており、「この人は何者」と思ったものです。テレビドラマ「鬼警部アイアンサイド」のサウンドトラックも彼だと知った時は、「ここまでやるか」とちょっとうんざりしましたが・・。

クインシー・ジョーンズ

 個人的にうれしかったのは、ウディ・ガスリーのギターを見た時でした。彼が活躍した時代は私より前の世代でしたが、中学・高校生の頃にのめり込んだフォークソングのアイコンのような存在でした。ボブ・ディランが尊敬していたこともあって「これが本当の米国の歌手なのか」と思って聴いたものです。

ウディ・ガスリー

 映画のフロアに入ると、SFやホラーのヒット作品が次々と登場します。思わず写真を撮ったのは「2001年宇宙の旅」の宇宙船「ディスカバリー号」でした。人工知能「HAL(ハル)」とボーマン船長との葛藤は怖かいぐらい緊張しました。スターウォーズなど宇宙モノがガラス張りのケース内で鎮座しており、エイリアンはまるで捕獲され閉じ込められているように見えますよ。こっちを睨んでいますから。

2001年宇宙の旅「ディスカバリー号」

 博物館では特別イベント「Hidden Worlds The Films of LAIKA」が開催されていました。精緻な人形を使ったアニメの製作工程を追いながら映画が出来上がる流れを多くの素材を使って紹介します。キャラクター作り、それぞれの個性や風景をデフォルメするセンス、それを再現する熟練の技があってこそ、実現できる。自分の姿が人形の部屋を覗いているように映り込む特殊撮影を体験できるセットもありました。正直、あまり興味はなかったのですが、途中からハマりました。

アニメの一シーンを再現

 博物館の素晴らしさは展示だけじゃないことです。最上階にギター、ドラム、キーボードなどの楽器を自分なりに演奏できる個室を設けていました。どの個室も満室。気持ちはもうジミヘンになっている人もいれば、ポツポツとドラムを叩き、コツを覚えて、一気に突っ走る人も。防音されているので演奏は聴こえませんが、演奏する人も気持ちが個室の窓越しに伝わってきます。

 ポップカルチャーの古典を再確認し、「これからのポップを創るのはあなたです」。この博物館は入館者にこう語りかけてきます。楽しみ尽くすには、長時間滞在する覚悟が必要です。日本にも欲しいですね。ポール・アレンに負けない富豪がいるはずです。ソフトバンクの孫正義さん、どうですか?

個室でドラムを楽しむ

 退館する寸前に見つけたアルバムです。ジョニー・キャッシュとデビッド・ボウイ。この2人もいつかしっかりと展示コーナーを設けて欲しいスターです。

ジョニー・キャッシュにデビッド・ボウイ

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