サムスンの苦悶、会社の寿命30年との闘いが始まっている
韓国のサムスン電子が台湾積体電路製造(TSMC)との競争に苦悶しています。スマートフォンのコア部品であるCPU(中央演算処理装置)などの最先端品の量産で苦戦し、受託生産でのシェアも落ちているようです。半導体の開発・量産競争はまさに秒速で進み、一瞬の遅れが挽回不能となる恐れが常にあります。
サムスンは1990年代に世界シェアの過半を握った日本メーカーに追いつき、そして追い越して以来、他の追随を許さない大胆な決断力とスピードで巨額投資を続けて王者の座を守ってきました。しかし、半導体の覇権を握ってから30年間が過ぎようとしています。日本の会社寿命は30年とも言われたこともありますが、サムスンもこの成長の呪縛から逃れることができないのでしょうか。
半導体製造装置の投資でTSMCに遅れる
2021年3月、サムスン半導体事業を率いる金奇南(キム・ギナム)副会長は株主総会でTSMCとの技術格差を問われ、技術競争力に格差はないと競争力は遜色ないと強調したそうです。ただ翌月の4月に発表した2021年1〜3月期の半導体部門の売上高は前年同期比8%増の19兆ウォン(約1兆8700億円)と伸びたものの、営業利益は16%減の3兆3700億ウォンと減益に追い込まれました。最大の要因はCPUや通信用半導体の受託生産を手掛ける非メモリー事業の赤字だそうです。米テキサス州の工場が寒波に伴う停電で2月中旬から稼働停止になったのが主因のようです。
しかし、注目すべきは最先端品ラインの現状です。回路線幅で最先端の5ナノ(ナノは10億分の1)メートルの歩留まりで遅れをとっています。TSMCに数カ月遅れ、その後も技術格差は広がっているといいます。この遅れは半導体の世界ではかなり致命的です。
かつて半導体の技術開発で世界でも先行したエルピーダの坂本社長は量産技術でサムスンに比べて半年先行しているが、投資資金が不足なのでサムスンに勝てないと嘆いてきました。「半年ぐらいでそんなに先行しているのですか?」と質問したら、「半導体業界で半年の先行はとても大きな差。この時間差を常に維持できるか、広げるか、縮まむか。これが生き残るかの差」ときっぱり言い切ったのを覚えています。
ちなみに坂本社長は厳しい経営に追い込まれている中、旅費を抑えながら投資資金の確保に奔走していました。「量産技術で優っているが資金が足りない。勝つためには投資資金が欲しい」と率直に多方面で語っている姿には驚きました。会社や従業員を背負った社長は恥も外聞もない、必要なものをなんとか手にするという経営者の本分ともいえる強い思いを見せつけられました。
話を戻します。サムスンのスローダウンには半導体製造装置の設備投資にあるそうです。サムスンはEUV(極端紫外線)露光と呼ぶ新技術を採用していますが、この技術を実用化したオランダのASMLが世界で独占供給しています。しかし、出荷実績100台のうちTSMCが7割超を確保しているようです。この差は大きい。半導体の回路幅は細いほど処理性能が高く、消費電力の抑制にもつながり電子機器の小型化に直結します。言い換えれば量産技術と装置でTSMCに遅れを取れば、それだけサムスンのシェアは落ちていきます。
サムスンは1983年、半導体メモリーのDRAM事業に進出しました。1993年1にDRAM市場で1東芝を追い抜いてシェア世界1位の座につきました。1980年代から90年代初めまでは、東芝など日本の半導体メーカーが産業のコメといわれた半導体の世界シェアの過半を握っており、当時のサムスンはいつまでも持つの?という意見が多く、ライバル視する向きは少数派でした。
世界1位の座についてから2021年で30年近くの年月が過ぎました。30年という数字を見ると、どうしても「会社の寿命は30年」という企業の課題を思い浮かびます。直近のサムスンの苦闘がTSMCに装置の手配で遅れをとったということなら話は簡単です。しかし、サムスンの躍進は日本の半導体メーカーがためらっている間に巨大投資を決断して追いつき、追い抜いていった決断の早さにありました。
そんなサムスンに判断の遅れがありますか?サムスンの成長を演出した歯車が狂い始めています。また財閥を率いる創業家のドタバタも見逃せません。日本では想像もできない競争社会である韓国の典型例ともいえるサムスンでさえ、電子産業の大きな世代交代の潮流に押し流され始めている気配を感じます。創業家を補う人材がいるのか、育っているのか。会社の寿命30年といわれる病状には事業改革や財務力などと違って経営指標に現れない伏線から判断する必要があります。
最先端技術がトップ企業を振るい落とす
トップ企業が必ず陥る袋小路、それは奢りなのか人材育成の限界なのか、既存のトップ企業を引きずり落とすほどのイノベーションの衝撃なのか。疑問は尽きません。30年前まで優良企業の名を欲しいままにしていた東芝の凋落を見ているだけに「あのサムスンもやっぱり」ということになるのか。最先端の技術が企業の振るい落としを始めているのでしょう。