シャクシャイン

北海道を駆け抜ける)アイヌの英雄、シャクシャインの像が入れ替わっていた

「あれえっ!、シャクシャインの像が入れ替わっている!」。思わず声が出ました。

15年ぶりに訪れて驚愕

 2011年7月以来15年ぶり、シャクシャイン記念館を訪れました。北海道新ひだか町静内の丘を上ると、公園があります。左手に広がる広場を見たら杖を天に突き上げたシャクシャイン像を久しぶりに拝めると楽しみにしていましたが、目の前には手のひらを上に向けて拝礼するシャクシャイン像が立っていました。

 シャクシャイン像

15年前のシャクシャイン像

 15年の間に何が起こったのだろう。なぜ像が入れ替わったのだろう?、白老町に国立アイヌ博物館「ウポポイ」ができたからだろうか?いつくもの???が続きました。

 像が入れ替わっている予想外の事態に驚き、「それじゃあ、記念館も変わったのだろうのか」と不安になり、あわてて同じ敷地内に建つ記念館に向かいました。当日は休館で館内に入れず、窓から覗いてみました。きれいに掃除された木の床の表面が光っているだけでした。

シャクシャイン記念館・2026年

記念館の内部・2026年

15年前の記念館はアイヌの生活を再現

15年前は違います。館内は大きな木の梁がアイヌの日常生活を再現し、今も過ごしているかのような展示でした。部屋の中央には四角い囲炉裏が掘られ、その上には保存用に捌いた鮭が何本もぶら下がっていました。周囲には狩りや儀式に使う弓、刀、漆器などが並んでいます。平取町二風谷のアイヌ集落を見学したこともありますが、遜色なく同じ空気を感じ取れました。

シャクシャイン記念館の内部 2011年7月

記念館の内部 2011年7月

 「松前藩にはいきたくない」と子連れのお母さん

幸運だったのは、お子さんを連れたお母さんと話ができたことでした。「興味があるんだったら、アイヌの歴史や文化がわかりやすい小中学生用のパンフレットを差し上げますよ」。これをきっかけにお母さんと雑談したのですが、「私はまだ松前町に行ったことがない。行きたくもない」とお母さんがポツリと漏らしました。

 松前藩はアイヌとの交易などで北海道を事実上統治した時期がありましたが、アイヌ民族を酷使するなど過酷な統治で支配していました。松前藩に蜂起したシャクシャインらアイヌの酋長も和睦と称した宴席に招き、騙し討ちで殺害しています。

 お母さんは続きます。「最近は韓国の人も日本の流行などを好きになっているようだし、私も松前町に行ってみようかと考える時もあるんだけどね」。

シャクシャイン

囲炉裏の上には保存用の鮭

 シャクシャイン像が入れ替わったのは、2018年。北海道胆振東部地震で倒壊する危険性が高くなり、撤去されたそうです。また、以前の像は松前藩の不条理な支配に立ち上がる「闘う英雄」でしたが、アイヌ新法を検討するなど政府の政策転換も踏まえて「和人との平和と共生」を訴えるメッセージを訴える像がふさわしいと判断したそうです。

 私にとって「シャクシャイン」は今も特別な響きに聴こえます。信じられないでしょうが、昭和30年代の函館市の小学校では「「アイヌの酋長シャクシャインは英雄、アイヌの英雄を騙して殺した和人は悪い人」と教えられていました。私が通っていた小学校は北海道で最も古いといわれ、小学校の図書室にはアイヌの神話や物語を集めた「ユーカラ」が並び、日本武尊など古代日本の神話とはほぼ無縁でした。

私の守り神は木彫りのアイヌの酋長

 父親もアイヌの人々には敬意を持っていました。青森県出身ですが、水産業の会社に勤めており、函館以外にも留萌や稚内に住みながら北海道各地をまわっている間に北海道の厳しい自然で生き抜く術を知るアイヌの人々に一目も二目も置いていたのでしょう。なにしろ、私が生まれた時に守り神としてアイヌの酋長像を購入したぐらいですから。

 木彫りの酋長像は精細な彫りが刻まれた顔の表情、アイヌ独特の柄を染め込んた質の良い生地で縫いあげた酋長の服装、そして腰には立派な装飾を施した太刀を差しています。佳品と自慢できます。60年以上、酋長像は私が国内外を転々と移り住んでも、いつもそばにいます。

 私にはシャクシャインもいつまでも英雄のままです。

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