神技が高齢・体力を理由に消える寂しさ 真摯な姿勢を人工知能は継承するのだろうか

 休業を告げるお知らせが相次いでいます。いずれも高齢によって体力の限界を覚え、長年の技を店じまいする内容です。自分自身、前期高齢者を超えていますから、納得せざるをえませんが、神技としか思えない技術が失せてしまうのがとても残念。

 神技はAI(人工知能)が継承する。まもなく人知を超えるシギラリュティが訪れると唱える向きもあり、人間の神技はもう不要、心配するなんて時代遅れといわれるかもしれません。ただ、客の思いをしっかり受け止め、期待を超える感動を伝える真摯な姿勢まで継承できるのでしょうか。

時計修理会社から1通のメール

 1通のメールが届きました。発信先は時計修理の会社。80歳を迎える代表が入院、体力の限界を覚え、大きな工房を構えて維持することを断念せざるをえないと説明。代表の娘さんが「今後は、父の心身を第一に考え、自宅にて一対一でお客様の時計と向き合う『個人職人』としての静かな活動へ形を変えてまいります」と辛い胸の内を伝えています。

 そして「父が無理なく、最後の一本まで誠実に技術を楽しめる環境を作ってあげたいという家族の決断でございます。長年のご期待に沿えず心苦しい限りですが、何卒温かく見守っていただければ幸いです」と家族の思いを語っていました。

 メールをいただいた時計修理会社にはだいぶ前ですが、父の形見の時計を再生してもらいました。もう60年以上も前、父が購入した時計を長男の兄が受け継ぎ、そして10年前からは末っ子の私が引き受けました。これまで何度も故障しましたが、その度に時計メーカーに持ち込み、直していましたが、ある時「もう部品がなくなってしまい、修理はできません」とあっさりと最後通牒を受け、途方に暮れました。

メーカーが断る父の形見を直す

 秒針が止まったままの時計を眺めていると、なぜか父親が遠く去っていく寂しさを覚え、正確な時間を刻む本来の性能を取り戻せなくても、時計の針だけでも動いて欲しいと考え、修理先を探しました。

「ここが修理できないなら、諦めるしかないよ」と教えてもらった時計修理の職人さんを訪ねたら、「時間はかかるますが、直ります。でも、新品の時計を買える以上の費用がかかるかも」といわれました。親不孝を重ねたバカ息子としては、せめて父親の形見をもう一度だけでも息を吹き返させ、生きている父親を時計を介して感じてみたい気持ちが勝りました。

 父親はなんでも一番が大好きな人で、この時計も世界で一番正確な精度を誇る時計だからと大枚を払って買ったものです。「どうだ、すごいだろう」と自慢げに腕に嵌めた時計を見せ、うれしそうに笑った顔を今も忘れらせません。

 「時計が直りました」との連絡を受け、目の前で秒針が再びカチカチと動く様子を見た時は感動しました。父親の笑顔が蘇りました。今、ネットで検索すると1万円もしない値段が付いていますが、目の前の時計の価値はお金で換算できるものではありません。

 人工知能がもうすぐ万能になる時代です。60年前の時計に不足する部品も簡単に再生産して組み付けるはずです。時を刻む針も正確に作動し、新品よりも優れた機能を備えるかもしれません。しかし、味気ない。砂を噛む思いです。

 誰も修理できない時計を引き受け、何ヶ月もかけて再生する。労力や時間を考えたら、もっと他の修理に携わった方が高収入につながります。損得を考えたら、引き受けない方が賢明。それでも、お客の思いも受け止めて、修理を始める。経済合理性、収支などを尺度で考えたら、人工知能は無駄と一瞬で判断するでしょう。

AIロボットは理容院を代替できるか

 誰が見ても無理と考えるとわかっていながら、難関に挑み、成功する。ものづくりの歴史を振り返ると、製造業の進化は経済合理性を無視した無駄を重ねて不可能を可能に変えてきました。

「寂しい」とはこういうことか。こう痛感した張り紙を見つけたこともあります。いつも散歩する街を通ったら、理容院閉店のお知らせがドアに貼ってありました。人通りが少ない住宅街にあり、理容院を構えるには適していない立地ですが、腕に自身があったのでしょう。お店の前を通ると、年配の方が入る姿をよく見かけました。理容院の店長さんもかなりの年配とお見受けしました。何十年も多くの顧客を整髪し、おしゃべりを楽しんでいたのだと察します。理容院のご主人は苦渋の思いで告知の紙を貼ったと推察します。

 もう数年も経てば、人工知能を搭載したロボットが髪の毛をお茶この子さいさいとばかりにカットする日が訪れるのでしょう。何を心配していると笑うと思います。

 でも、無駄を宝物に変える魔法はまだ人間の手にある、それが人間の神技と信じています。

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