
チッソと東京電力「地域・環境と共存する経営が生き残る」を教える
水俣病が1956年5月1日に公式確認されてから70年を迎えました。熊本県水俣市にあるチッソの工場から大量に排出された水銀は八代湾周辺の海域にひろがり、汚染した魚介類を食べた住民は神経系の中毒症状に侵され、多くの被害者が今も苦しんでいます。チッソは明治から第二次世界大戦にかけて日本を代表する化学メーカーでしたが、水俣病の補償を継続するため、事業会社を分離、チッソ本体は補償専業の会社となりました。ただ、認定されない被害者は多く、国は救済法などで4万人以上に一時金を支給しています。
水俣病の公式確認から70年
2011年3月11日、水俣病の悲劇が福島県で繰り返されました。東京電力の福島第一原子力発電所は東日本大震災による津波に襲われ、メルトダウンなど過去最悪の原発事故が発生。放射能汚染が福島県浜通り地域を襲いました。浪江町、双葉町など周辺自治体から16万人を超える住民が避難を余儀なくされ、今も2万6000人が戻ることができません。事故から15年が過ぎても、溶解した核燃料デブリの取り出し作業は進まず、安全に廃炉に至る道筋は見えていません。
チッソと東京電力。企業経営の視点から見ても、多くの教訓を語っています。両社とも日本を代表する会社として日本の政治・経済に大きな影響を持ち、地域経済の命運を握る巨大な存在でした。
水俣市はチッソの企業城下町です。市民の多くは工場、関連企業に勤務しており、水俣病の発生が公式確認された後もチッソ批判を公言することは控え、むしろ被害者がより苦しい窮地に追い込まれました。政府も「チッソ水俣工場の排水に含まれるメチル水銀が原因」と公害病として認定したのは、公式確認から12年後の1968年9月26日。その間、被害者団体などの陳情・抗議が東京などで継続されていました。12年の歳月も必要だったのでしょうか。
東電は政治・経済に大きな影響力
東京電力は経団連会長を担うなど国のエネルギー政策を背負い続けていました。当時の通産省は政治家の圧力を恐れ、東京電力に物申すことができず、原子力政策は電力会社に振り回されます。福島原発が立地する福島県には電源3法による巨額の公金が支払われ、東京電力も多くの事業を地域企業に発注します。1980年代に取材した双葉町長は「原発反対する人の気持ちがわからない」と話すほど。
チッソ、東京電力は不運だったのでしょうか。「チッソは水俣病を起こすメチル水銀の恐ろしさを推察できなかった」「東京電力は地震発生であれほどの大津波が押し寄せることを予想できなかった」。仮にそうだとしても、被害を極力抑える対策を講じる時間とチャンスは何度もありました。
水俣病の公式確認は、チッソ産業医の細川一医師が保健所に報告したことから始まります。社内の指摘に対してチッソは調査する一方、事実を秘匿、軽視しました。福島第一原発は、東電社内のみならず原子炉を建造した米GE、東芝など、災害関連の学識経験者らは早い時期から災害に対する脆弱性が指摘され、電源設備の設計変更などを求めていました。しかし、社長すら異論を挟めないほど、強力な実権を握る東電の原発事業部門は軽視し続けました。

危険の予兆を察する
わずかな可能性であっても最悪の事態に備える経営を忘れなければ、危機の予兆を察して新たな施策を打ち出せたはず。軽視し続けた結果、チッソ、東京電力は今も補償に追われています。東京電力は首都圏の電力供給という重積を担いながらも、原発の安全運転に対する信頼を獲得できず、柏崎刈羽原発を再稼働したのは事故から14年過ぎた2026年4月。
経営形態も大きく変わります。首都圏の電力を独占する企業でしたが、福島第一原発の事故処理費用を確保するため、政府が拒否権を持つ「黄金株」採用を前提に国内外の投資ファンドなどから資本参加を受けれいます。
チッソと東京電力が教える教訓は、地域と地球環境を共存する経営が企業が生き続けるために欠かせない視点であることです。環境経営と呼ぶと、地球温暖化を抑制するカーボンニュートラル、資源節減に努めるリサイクルなどが浮かぶかもしれませんが、人間、自然と調和しながら企業経営することが本来の意味です。
「たられば」は通用しないと承知していますが、「チッソが早めに水俣病に対応していれば・・・」「東京電力が現場や専門家の意見に真摯に向かい合い、電源停止を防ぐ設備投資を実施していれば・・・」、企業活動は全く異なり、より人間、社会、環境に貢献する会社だったはずです。
今も目の前に
水俣病も原発事故も歴史ではありません。今も継続する大きな社会不安です。発がん性を指摘される化学物質「PFAS」の河川流出、プラスチックごみによる海洋汚染、人工知能の暴走懸念・・・。目の前には新たな課題が次々と現れています。チッソ、東京電力は、あなたの会社の明日かもしれません。同じ窮地に立つ可能性を忘れないでほしい。


