
ニデック、牧野フライス買収の代償 日本の強さ・工作機械を傷める
ニデック創業者の永守重信氏。日本の産業史に名を残す経営者になるはずでした。常識に縛られず果敢に挑む経営は日本の製造業の新たな道筋を示すと高く評価されました。だからこそ、不正会計に手を出して優良企業を台無しにするとは思いもしませんでした。その結末は自業自得といえるかもしれません。ただ、最強の製造業を目指したはずの永守氏が自身の無謀な野望によって、日本の強さを体現する工作機械に大きな痛手を負わせた代償を見逃すわけにはいきません。
永守氏の無謀な買収がきっかけ
牧野フライス製作所へ仕掛けた買収です。2024年12月、ニデックは牧野フライス買収を表明しました。日本で初めての「同意なき買収」と大きな話題を呼び、いかにも永守氏らしい強引な仕掛けでした。M&Aを繰り返してニデックを2兆円企業に育て上げた永守氏の剛腕ぶりを考えれば、実現できると見る向きもありました。
新聞記者として多くのM&Aを取材してきた経験からすぐに無理筋と感じました。買収総額は2600億円。ニデックにとって過去最大の買収です。しかも、牧野フライスは日本の工作機械を長年リードしてきた名門中の名門。いわば工作機械業界のお公家さん。1973年創業の野武士の軍門にあっさりと降るわけがありませんでした。
予想通り、牧野フライスは「同意なき買収」に反対表明し、新株予約権を無償で配布する対抗措置を導入。ニデックは差し押さえを求め、東京地裁に申し込みましたが、結果は敗訴。永守氏は「判決が出て10秒で撤回を決めた」と捨て台詞を吐きましたが、胸の内は全く逆。わずか5年後の2030年に売上高を5倍の10兆円の大台をめざしていた経営戦略は大きく挫折、これまで隠し続けてきた急拡大の歪みが噴出します。
牧野フライス買収の撤回からわずか数ヶ月後に海外子会社に端を発した不正会計が発覚。偽りの高収益企業の実態が暴かれ、永守氏は自ら創業したニデックの取締役を退任するなど表舞台から姿を消さざるを得ない窮地に追い込まれました。
永守氏の退場で同意なき買収はすべて決着したわけではありません。むしろ、これから代償の支払いが始まるのです。
代償の支払いはこれから
牧野フライスはニデックの提案を退けた後、2025年5月からアジア系投資ファンドのMBKパートナーズと買収計画を進めました。買収完了は海外投資の審査の遅れでずれ込んでいましたが、提案から1年後の2026年4月に日本政府が中止を勧告。理由は、牧野フライスは軍事転用される可能性もある高性能な工作機械を製造しており、関連の技術と情報を保有していること。外為法第で規定される「国の安全等に係る対内直接投資等」に該当すると判断しました。
この中止勧告を受けて、MBKに代わって投資ファンドの日本産業推進機構(NSSK)が牧野フライスに買収提案する方向ですが、これで派手な立ち回りが続いた買収劇はハイ終わりと幕を下ろすわけにはいきません。
牧野フライスは政府の中止勧告の理由から分かる通り、日本経済を支える製造業の強さを体現しています。安全保障の観点から日本の投資ファンド傘下に収まることに異論はありませんが、あくまでも次善の策にすぎません。投資ファンドのNSSKが完全子会社にしてしまえば、牧野フライスは株式市場から姿を消すからです。
牧野フライスの強さはファンド下で磨けない
牧野フライスの強さは金型や自動車、航空機部品など高精度加工に必要なマシニングセンターや放電加工機など工作機械にあります。世界でも頭抜けた技術力を今後も磨き続けるためにも、株式上場企業として高収益を維持しながら、技術力を高める競争に晒され、投資家らから厳しい監視を受ける必要があります。次世代をにらみ、開発・生産などの投資計画を練り上げ、株式市場から資金を調達できる世界企業でありつづけなければ、世界最強の強さは維持できません。
投資ファンドも近い将来、再上場する腹積りと思います。でも、短期間であっても厳しい競争下から離れることは牧野フライスにとってマイナス。経営に甘さが生まれます。それは日本の工作機械業界の損失です。牧野フライスとの競争を通じて、ライバルも逞しく強くなるのですから。
ニデックの無謀な買収は、日本の工作機械にとって無駄なツケを回す結果を招いたとしか思えません。

