大樹町 ロケット

北海道を駆け抜ける)大樹町 酪農の大地は宇宙・ロケットで新たな飛翔に挑む

 一度は訪れたいと考えていました。北海道大樹町です。

 宇宙港「北海道スペースポート」を目撃してみたかったのです。

帯広市からテレビニュースで何度も見た風景が目の前に現れるまで緑の大地をどのくらい車で走り続けたでしょうか。走り抜ける道路の脇には多くの牧場が広がり、さすが日本でも有数の酪農地帯であることを実感します。

北海道大樹町 ロケット

 帯広から車で1時間ぐらい

1時間ぐらい走った頃、大きな7角形の建屋が見えてきました。すぐ隣には駐車場があり、その脇には展示施設があります。ロケット打ち上げなどのイベントがあるわけではありませんから、人影は見当たりません。

「大樹の町から宇宙へ」と未来の夢を描いた看板を見つけて「この雰囲気は好きだなあ」と一人悦に入っていたら、施設の管理者らしきスタッフが「どうぞ、どうぞ」と手招きして施設内を説明してくれました。

 施設内はこぢんまりしていましたが、多くのロケットが展示されていました。元々、かつて見学したことがある宇宙航空開発機構(JAXA)と見比べる気持ちはサラサラありませんから、むしろ手作り感満載のロケットや展示に感動しました。これまでの事業の経緯を説明する映像を見ながら、北海道東部の広大な大地で夢を抱き、失敗を繰り返しても挑戦し続ける強い覚悟がとても羨ましいと思ったものです。

北海道大樹町 ロケット

 大樹町「北海道スペースポート」は堀江貴文さんらが支援する民間ロケット会社「インターステラテクノロジー」が打ち上げ場として利用するなど全国的に知られています。宇宙航空開発機構(JAXA)の種子島宇宙センターほど規模は大きくありませんが、北海道の町が地域の未来を創り上げる挑戦としてとても興味がありました。

1984年からスタート

 プロジェクトのスタートは1984年。北海道東北開発公庫が発表した「北海道大規模航空宇宙産業基地構想」で大樹町がロケット打ち上げの適地として選定され、「宇宙のまちづくり」がスタート。文字通り、ゼロからのスタートだったはずです。10年後の95年 には1キロの滑走路を持つ「多目的航空公園」が完成します。

北海道大樹町 ロケット

 宇宙航空研究開発機構(JAXA)の大気球実験や、大学・企業によるさまざまな飛行実験の受け入れる一方、「インターステラテクノロジズ」が民間企業初の液体燃料ロケットの打ち上げ。2019年には観測ロケット「宇宙品質にシフトMOMO3号機」で初めて宇宙空間(高度100km以上)の到達に成功しました。

 訪れた直後の2026年10月1日、完全な民営化運営がスタートし、人工衛星用ロケットの発射場「LC1」もほぼ完成しました。事業費43億円は企業版ふるさと納税や国からの交付金などが当てられています。

北海道大樹町 宇宙 ロケット

サポーターも紹介

 実は大樹町を訪れたと考えた理由は「宇宙」だけではありません。過去の残念な思い出を引きずっていました。

雪印の食中毒のイメージを払拭

 2000年、雪印乳業(現在の雪印メグミルク)の大樹工場で食中毒事件が発生しました。大手乳業メーカーが食中毒を引き起こしたことで全国に大きなショックが広がりましたが、騒動をさらに大きくしたのが当時の石川哲郎社長の発言。食中毒事件の記者会見を打ち切ってエレベーターへ向かう際、報道陣から説明を求められて「私は寝てないんだよ!」と発言。その真意はともかく、経営陣の無責任さを物語る印象を与え、雪印の信用は一瞬で壊滅しました。

 私にとって雪印のマークが消えるなんて「ありえないこと」でした。北海道で育ちましたから、乳製品といえば雪印のマーク。

 ところが、新聞社の編集デスクとして取材と紙面編集を指揮していた当時、雪印の食中毒事件を担当します。巡り合わせとはいえ、大好きな乳業メーカーが事実上経営破綻するまでを見届ける連載企画を編集し、その後も雪印メグミルクとなって信用回復するまでを追いました。

 幸運か不運かどうかは不明ですが、「大樹町」は「食の安全」を語るキーワードでもありました。相前後して、かいわれ大根が無実の罪を被せられた「O157」集団中毒、世界を震撼させた狂牛病の恐怖。「食の安全」を根底から揺るがす大事件が相次ぎ、そのたびに「大樹町」で発生した雪印の食中毒が取り上げられ、大樹町が頻繁に登場するからです。

 「北海道スーペースポート」を見て、未来に向かって飛翔する大樹町を体感できました。スッキリしました。

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