「女体盛り」山中温泉・山乃湯の若社長が演じた恩讐の彼方(中)

 山乃湯の社長はその後、メディアで目にしていません。見逃したのかもしれませんが、露出を控えたのだと受け止めています。山乃湯の経営は順風満帆というわけではなかったようです。もう40年も前の記憶を頼りに書くこともあり、固有名詞も含めてあえてぼやかして曖昧な表現を使い、詳細な記述は控えたいと思います。ご容赦ください。

あえて曖昧な記述にご容赦

 皆さんにお伝えしたいのは、「女体盛り」を生み出すエネルギーはどこから生まれたのか。社会常識に囚われない、もちろん法に違反することは許されませんが、あれだけ攻め込んだのはなぜか。

 なにしろ山乃湯は大きな建物を抱えた旅館でした。小さな横丁の隅で隠れて商売していたわけでありません。ある意味、堂々とやり遂げてしまっています。当時、旅館の未来を探る新聞の連載企画のため、北陸の温泉各地を取材して回りましたが、表看板と内実が大きく違い、温泉地によってはギリギリの一線を逸脱しているところもありました。開き直りともいえる山乃湯は異種、そして不思議な空間に映ったものです。

 目の前に現れた若い社長が真っ白なスーツ姿で登場した訳はなんとなく推察できました。「新聞記者が山乃湯へ取材に行く」という噂がなぜか加賀温泉で流れていたらしく、「あんたが会いに行くというので緊張しているらしいよ」と教えてくれる旅館経営者もいました。取材の趣旨は旅館経営の未来。社会事件と無縁です。「山乃湯の経営に何かあるのか」というガセネタもあったようです。そんな根拠のない噂を耳にしていたのかもしれません。

 最初、社長の口調に硬さがあったのも道理です。でも、次第に緊張が解けていくのがわかります。メディアでたびたび大きく取り上げられる「女体盛り」の話題よりも、なぜ山乃湯は他の旅館と大きく異なる、時には逸脱した道を選んだのかをしつこく質問する取材に呆れたのでしょう。あるいは面白く感じてくれたのでしょうか。一人語りで自身の人生を話し始めました。

 ちなみに個人的な事実関係について確認はしていません。また私自身の記憶間違いもあります。あえてぼやかした部分もあります。それでも、山乃湯を生み出すエネルギーの根源の一端として感じていただければ幸いです。

必ず見返したいが根底に

 「私は、山中温泉で小さな旅館を経営する父親の下で育ちました。周囲に比べて、旅館の格も集客力も低く、私には父親が苛められているようにしか見えませんでした」。旅館経営は窮地に追い込まれ、断念したそうです。生活も決して楽ではなく、周囲の視線についても、とても悔しかったようです。必ず見返したい。そんな思いが強く募ったようです。

 山中温泉には全国でも知られる高級旅館もあって、その差は歴然としていたのでしょう。社長は特定の名前を上げながら、父親、家族を追い込んだ過去を絶対に忘れないと話します。その言葉のキツさにちょっと驚き、今でも鮮明に覚えています。

 大学生の時は体育会系の空手部に入り、熱中しました。「いつか・・・」という気持ちを片時も忘れなかったのでしょう。どんな事態に追い込まれても、ケンカには負けたくなかったと話します。肉体的な衝突というよりも、気持ちの上で負けたくなかったと理解しました。

空手に熱中、ケンカには負けない

 インタビューの最中、槍を飲んだようにスッと伸びた姿勢を守って話し続けます。背中の向こうには夜になれば女体盛りなどのサービスが演じられる異空間に様変わりする宴会場の大広間が見えます。時空を超えた違和感に少し混乱しながらも、自身の人生を語る社長の思いに魅了され始めました。

 学生時代は、将来の旅館経営を考え、多くのアルバイトを経験。大学卒業後の仕事も、ホテルなどさまざまなサービス業に勤めたそうです。人と人の出会いはまさに一期一会。真正面に向かい合う時間はわずかかもしれませんが、お客さんが喜ぶ顔を見るのはとてもうれしい。参考になるなら、何でも学ぶ。この姿勢を貫き通したと言います。

 旅館の真髄は、お客さんが驚き、感動する演出を目にする手前に旅館の従業員らで試行錯誤を重ね、目標に向けて仕上げる努力と準備にあります。美味しい食事、楽しく語り笑う舞台が完成するまでには多くの人間が携わっています。

 しかも、旅館に勤める仲居さん、スタッフは人生の甘いも酸っぱいも数多く経験した人物が集まります。旅館経営の難しさは日本を代表する大企業では想像できない人心掌握術が必須です。並大抵の苦労ではありません。山乃湯の社長も体感したはずです。

 私も学生時代、中華料理店はじめ多くの業種でアルバイトしましたので、話題は取材を離れアルバイド談義に花が咲いてしまい、おかげでお会いした瞬間の硬さはすっかり消え、いつの間にか「女体盛り」のノウハウなど山乃湯の企業秘密に移りました。

「女体盛り」にはノウハウが

 「女体盛り」は裸の女性を皿代わりに刺身などを盛り付けます。サービス自体に目を奪われるせいか、そのノウハウが話題になることはほとんどありません。予想以上に手間がかかるそうです。魚の刺身を皮膚の上に載せると、肌を痛めるそうです。皿代わりに体を提供する女性は、一度「女体盛り」を経験したらしばらくは体が痒くなったりするので、”休養期間”を取る必要があります。

 いくら人気あるサービスとはいえ、お皿のようにどんどん揃えるわけにはいきません。「女体盛り」が可能な候補者を用意し、宴会スケジュールを見ながら、準備を進めるわけです。盛り付けも簡単ではありません。女性の体はそれぞれ異なります。料理人がお皿に合わせて刺身などの盛り合わせを考えるのと同じです。体の要所、要所を刺身や飾り付けで隠せば良いという単純な発想では無いそうです。「なるほど!」と思わず唸りそうでした。

 提供する瞬間は山乃湯のサービスとしてもハイライト。見た目をいかに綺麗に飾りつけ、拍手喝采を集めるか。多くの経験がいるのです。「突然、注文してもできないんですね」と確認したら、隣に座っていた山乃湯のスタッフが笑いながら「簡単に真似できるものではないのです」と説明してくれました。山乃湯の社長は「お花を飾りつけるのと同じ感覚ですよ」とその秘訣を教えてくれた気がします。

なぜ危ない橋を?

 それだけの経営ノウハウを持ちながら、山乃湯はなぜ「女体盛り」に象徴されるサービスを前面に出して「危ない橋」を渡る旅館経営に突っ込むのか。取材はようやく本番に。社長の表情が再び、硬くなりました。

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